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秘密の道はそのまま竜宮内部に通じている。こっそりと室内に通じる扉をくぐって竜宮に入ると、そこに何故か竜王が、困った顔で待っていた。
「りゅ、竜王様! なぜここに!」
もしや、亀の動きや行動が筒抜けになっている? 浦島を人に戻す薬を入手しただけで、この人に対する裏切りだ。
ドキドキしていると、竜王はゆっくりと亀に近づいてポンと頭を撫でた。
「南海王の所に行っていたのか」
「……はい」
「元気そうだったか?」
「あの方に元気のない日なんて、きっとありませんよ」
「そうか」
穏やかに、申し訳無く笑う竜王を見ると胸の奥が苦しくなる。
彼はそれ以上は何も聞かずに背を向けてこの場を去ろうとしている。どうして? 聞きたい事や問いただしたい事もあるだろうに。
「竜王様!」
「どうした?」
「……どうして、浦島様を地上にお返しする事を約束なさったんですか」
「……」
竜王に言葉はない。俯いた背中だけが見えるばかりだ。亀は少し責めるように竜王に問いかけた。
「地上に戻ったら、全ての謀りがバレてしまいます! 時が経っている事も、お体の事も! それがわかっているのに、どうして!」
「……私も、分からぬ」
「分からないって……」
そんな……。
「今更、罪悪感に飲まれないでくださいよ。もう戻れないのに、かえって残酷です。知らなくていい真実だってあるじゃないですか!」
「そう、だな」
「……竜王様、もしもですよ? もしも浦島様が真実を知って、貴方を恨んだら。憎しみの言葉をぶつけたら。貴方は、どうしますか?」
亀は、その前に終わらせようと考えた。そんなこと、浦島も竜王も苦しい。この薬は死をもたらすが、同時に憎しみあうことは回避できる。これが、亀の答えだ。
だが竜王は長く考えて、首を横に振った。
「それでも、愛している。そしてそれは、私の罪だ。受けなければいけない」
「そんなの、耐えられるんですか!」
「耐えねばならない。それだけ、私は太郎を傷つけたのだから」
今度こそ竜王は去ってしまう。残された亀は胸元をグッと握って、黙って涙を流していた。
結局、浦島は亀が思ったよりも強く、そして竜王を愛していた。
海に消えた薬を見た瞬間は、流石の亀も叫んでしまった。あんなに苦労し、屈辱と羞恥に耐え、痛い思いもして手に入れた薬が海に消えていく。昨日のあの苦労は一体なんだったんだ。
とは思ったのだが、これでよかったのだろう。あの薬は使われないのが幸せだ。このさい竜王は一発くらいぶん殴られて許されればいい。
深い深い海の底、亀が手にしたその薬は岩陰に落ち、今もそのまま。
亀が産んだあの卵がどうなったのかは、また別のお話です。
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