淫獄の如き竜宮城へ

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 鯛の舞いや、平目の演奏、鯛と平目の舞いなども披露され、それらを楽しく見ている間に辺りが少し騒がしくなった。  目の前に沢山の料理が運ばれ、宴席が整っていく。  それらが終わってしばらくで、重々しく扉が開いた。  現れたのは立派な体躯の美しい男性だった。長い深緑色の髪を結ったその人は男らしく、切れ長の目は不思議と吸い込まれるような金色。  きっと女性ならこのような男性に惚れ上げるのだろうと想像できる。いや、男でも惚れてしまうかもしれない。そんな色香を纏う美丈夫なのだ。  彼は呆然と見つめる浦島を見て、ふっと瞳を細くする。その視線だけで、なんだか背筋がゾクリとした。 「浦島太郎、だな?」 「はい」 「先日は、うちの亀が大変世話になった。死を覚悟したところを其方に救われたと、涙を流して感謝しておった」 「そんな大層な事はしておりません!」  驚いて少し大きな声が出て、浦島はパッと手で口を覆う。この失礼を、彼は楽しげに笑い飛ばしてくれた。 「其方にとっては小さな事だろうが、恩を受けた者にとっては大きな事なのだよ」  近づいてきた彼は浦島の前にきて、ふむふむと頭の先から爪の先まで見回す。緊張してカチンと固まる浦島に、彼はふっと笑った。 「申し遅れた、私は竜王。この竜宮の主にして、この辺りの海を守る者だ」 「はっ、初めまして。浦島太郎と申します」 「本日はよく来られた。大したもてなしはできぬが、ゆるりと楽しんで行ってほしい」  竜王は浦島の隣に座り、彼の隣には随分と優しげな顔をした青年がお酌につく。彼は浦島を見てゆっくりとお辞儀をし、とても嬉しそうに笑った。 「太郎、これがお前が助けた亀だぞ」 「え!」 「先ほどは亀の姿で失礼をいたしました。貴方に助けて頂いた亀でございます」  のんびりとお辞儀をする亀に、浦島も改めてお辞儀をする。すると恐縮して亀がまたお辞儀をして、浦島も……。  そんなやり取りをしていると、竜王がたまらず声を上げて笑った。 「其方達、何を遊んでおるのだ? まったく面白い奴らだ」 「あっ、申し訳ありません竜王様」 「すみません」  人を挟んでやることではなく、二人は恐縮する。が、竜王は機嫌を損ねた様子はなく、逆に楽しげにしている。 「よいよい。そら太郎、食わぬのか?」  促されて目の前を見れば、綺麗な鯛のお造りだ。薄い白身が美しい花を象っている。  が、その向こうでは鯛が平目と美しく舞っているのだ。 「鯛さんがいるのに、鯛を食べるのはなんだか……いいのかなと」 「ん?」  これに驚いたのは鯛も同じで、思わず舞う手を止めてマジマジと浦島を見る。竜王も同じで、しばらく妙な静寂が訪れた。 「あの、同族を食べられるってのは、気分のいいものでは……」 「……あぁ! そういうことでございますか!」  鯛がポンと手を打ち、次には笑う。そして自ら刺身を一枚箸で摘まみ上げ、浦島の口の中に放り込んだ。 「んぐ!」 「気を遣って頂いて嬉しく思いますが、どうぞお気になさらず。確かに私は鯛ですが、竜王様の家臣であり眷属、また別でございます」 「え?」 「ここで人の姿をしている者は、そこらを泳ぐ魚とはまた違う。私の世話をするために特別な力を与えた者達だ。いわば、海神たる私に近いものと言える」 「神様の、お付きの方?」  周囲の人達を見れば、皆が頷いている。 「だから、これは食べていいのですよ。貴方様に美味しく食べられ、その血肉となるならばこの鯛も喜ばしいでしょう。さぁ、お食べください。浦島様はもう少し肉をつけねばなりませんよ」 「あっ、はい。あの、頂きます」  少し安心して料理に手をつけると、皆がほっとした顔をして宴は再開されるのだった。 「それにしても、鯛が言うように少し細すぎる。これでは倒れてしまいそうだな」  竜王にもそのように言われ、浦島は自分の貧相な体を見る。確かにここにいる人達に比べてとても細くて貧弱だ。着物も着られているようだ。 「心ゆくまで食べて飲みなさい。どれだけ居てくれても構わない。いや、むしろ大歓迎だ。ここは来客がなくて刺激が足りない。私も、久々の客人に浮かれているよ」 「竜王様がですか?」  問うと、竜王はゆっくりと頷いた。 「普段とは違う者とこうして話をするのは楽しい。あまりこの場を離れられないから、余計にそう思うのだろう」  どこか寂しそうな顔をする竜王の横顔を見ると、側にいてあげたい気持ちになってくる。浦島の中から地上に対する思いが薄れた感じがした。 「あの、俺でよければお話相手になりますので」  思わず出た言葉。だが、竜王はそれに嬉しそうな笑みを返すから、浦島は「帰る」という言葉を飲み込んでしまったのである。  酒が進み、浦島の酔いも回る。すると口が少し軽くなり、目はとろんと下がって熱を帯び、僅かに体も揺れ出した。 「大丈夫か、太郎」 「大丈夫です! こんなに美味しいお酒、飲んだことがないんです。村のお酒よりも美味しいです」 「村か。太郎は里に、嫁や子供はいるのか?」  竜王の問いに、浦島はジトリとした目をする。そして明らかにむくれた口をした。 「そんなのいません。俺、こんなですから」 「こんな?」 「小さくてひ弱で頼りがいがなくて子供顔で、おまけに貧乏です。しかも年増」 「年増?」 「28歳ですもん。おじさんです」 「28!!」  どこかで見たような事を繰り返している。驚いた声を上げる竜王に、浦島は「そーですよー」と拗ねてみせた。 「それは、済まない事をした。見た目に若いから、そのような年齢とは思わなかった」 「もう、いいですよ。よく言われますから」 「……ということは、夜の経験はないのかな?」  竜王の目が、怪しげな色を含む。それは思いのほか危険なものなのだが、酔っている浦島はこれに気づく事ができなかった。 「ありませーん。女の人は竜王様のような美しくて堂々とした美丈夫がお好きです」 「……では太郎、お前には夢のような褒美を与えよう」 「夢のような褒美?」  とろんとしたままの浦島は首を傾げる。その目の前で、竜王は怪しく深く笑みを浮かべた。 「極上の快楽を。この世のものとは思えぬ至上を与えよう」  「それなしにはいられぬほどの、な」と、小さな声で竜王は呟くが、酔っている浦島がこれに気づく事は最後までなかった。
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