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懐かしい夢を見る。父がまだ生きていた頃、一緒に釣りをした。
親子三人で祭りに行ったり、船の事を教えてもらったりした。
その父が亡くなって、母はその日だけこっそりと泣いていた。そして次の日から、一生懸命育ててくれた。
そんな人を見てきたから、恩を返したいと思ったのだが……申し訳なくて、今も少し後悔がある。
ぼんやりと見ている夢の中、ふと開けた場所に母が父と一緒に立っている。そして、浦島に手を差し伸べてきた。
「母さん!」
駆け寄って、三人でひしと抱き合って、浦島は泣いた。
「ごめん……ごめん、母さん。心配かけて、親不孝でごめん!」
ようやく言えた言葉に、母は静かに首を横に振ってくれる。父も温かく見守るように頷いてくれる。
つかの間の逢瀬。だがふと、呼ぶ声がある。拙い子供の声で「ははーえ」と聞こえてくる。
この声を知っている気がする。分からないのに、放ってはおけない。
その声の方を見ると、母は抱きしめていた手を離し、父はしっかりと頷いて行くように促してくる。
「……うん。ごめんなさい、母さん、父さん。俺、行くね」
二人は頷き手を振って送り出してくれる。浦島はただ声の方へと駆け出していった。
ふと、目が覚める。そこはとても空気が綺麗な場所。抜けるような天井はそのまま外の海に繋がっていそうだ。
体は温かく弾力のあるものに支えられ、くるまれている。手で確かめるとそれは磯巾着だ。
「ははーえ?」
「え?」
夢で聞いた声がすぐ側でする。驚いて見ればそこには、見たことのない3歳くらいの子供がいた。
綺麗な深い青い髪に、深い金色の瞳。白く柔らかな頬に桜色の唇をしたその子は、浦島と目が合うととても嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、青い長い服を翻して扉の方へと駆けていく。意外に早く、引き留める間もなかった。
見回すと、何かの祭壇のようだ。彫り込みの朱色の柱は太く、浦島のいる磯巾着を中心に四方にある。他には何も無い寂しい空間だ。
体を確かめてみるが、これと言って具合の悪い所はない。何も痛い部分はないが、髪がやたらと長くなっている。
確かめるように手を握ったり開いたり、首を回したり腕を回したりしていると、外が急に騒がしくなる。続いて、まるで扉を吹き飛ばす勢いで入ってきた人は起き上がっている浦島を見ると、精悍な顔を泣きそうに歪めた。
「太郎……」
「竜王様? おはようございます。あの……もしかして俺、またやっちゃいましたか?」
寝過ぎたのだろうと思い問いかけると、彼は走り寄ってギュッと浦島を抱きしめる。あまりの力強さに少し苦しくて咳き込むと、慌てたようにパッと手を離した。
なんだか、とても嬉しい。会いたかった人に久しぶりに会えた気分だ。いや、多分それは間違っていない。もの凄く寝坊をしてしまったのだろう。
見れば戸口で鯛が涙をこぼしている。亀など顔が崩れるくらい大泣きだ。蛸も平目も海蛇も河豚もいて、皆それぞれ安堵した顔をしていた。
そして鯛の足下に、先ほどの子供がいる。視線を向けて微笑みかけると、その子はにぱっと笑って器用に服の裾を踏まないようにして駆け寄ってきた。
「竜王様、この子」
「あぁ」
竜王が男の子を抱き上げると、その子はきゃっきゃと声を上げる。そして浦島の手に渡ると、ぎゅっと抱きついて胸元に顔を埋めた。
「お前の御子だ、太郎」
腕の中の子はとても嬉しそうに「ははーえ」と呼んでいる。頭を撫でるとさらりとしていて、とても温かい。
「俺、こんなに寝ちゃってたんですね。もう、3歳くらいかな?」
「そのくらいだ」
「ごめんなさい、心配もかけて」
「そんなこと! 其方が生きていてくれて、本当に良かった」
薄らと涙のにじむ目で笑ってくれた竜王が、浦島と御子を一緒に抱き込む。その腕の中、浦島はとても幸せに笑って頷き、そして我が子もギュッと抱きしめた。
「俺も良かったです。これからも、よろしくお願いします」
ずっとずっと末永く、よろしくお願いします。
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