淫獄の如き竜宮城へ

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淫獄の如き竜宮城へ

 昔々あるところに、浦島太郎という漁師が母親と二人で住んでいた。村の外のぼろ屋に住む彼は自分で釣った魚を売り歩いて日々細々と生活していた。 「それじゃあ母さん、行ってくるよ」 「はいよ、気をつけて」  腰蓑をつけ、魚籠を下げ、釣り竿を担いだ浦島が年老いた母へと声をかける。それに、母は穏やかに返した。  浦島は体が小さく、他の漁師のように網を引いても上げられず、ひっくり返って海に落ちる始末。助けられて笑い者になり、バカにされたのを機に釣りだけにした。  勿論それでは暮らしぶりはいつまで経っても良くならず、日々食べて行くので精一杯なのだが。  それでも浦島は悲観などしていなかった。母と二人で暮らしていければそれ以上の望みなどないのだから。  浦島がいつもの浜辺に行くと、子供達が何かを囲っている。足で蹴飛ばすような仕草や、拳を振り上げる仕草を見ると心が痛む。だが何を囲っているのか、それは分からずに近づいた。 「な! こら!」  少し近づいて、それが一匹の海亀であることに気づいた浦島は歩を早め、虐めている子供達の前に出た。 「こら、亀を虐めてはいけないよ!」  亀を背に庇うようにする浦島に、村の子供達は不満そうにする。明らかに子供達の方が肉付きが良く、強そうでもある。細い浦島は一瞬怯んだが、それでもそこをどけなかった。 「もやしの浦島じゃないか。お前に関係ないだろ」 「そーだ!」 「生き物を虐めちゃだめなんだ。可哀想じゃないか」 「可哀想じゃないね」  子供達がにじり寄り、浦島は後退する。今にも浦島が殴られてしまいそうな勢いだ。 「そうだ、そいつ助けてやるから浦島が代わりになれよ」 「え?」 「そうだ!」  口々に子供達が囃し立て、浦島に迫る。相手は子供だが、きっと浦島よりも強いだろう。怪我をしかねないし、何より怖いのは嫌だ。  後ろをチラリと見た浦島は追い詰められ…………咄嗟に亀を抱え上げると脱兎の如く子供達に背を向けて逃げ出した。 「あっ! 逃げたぞ!!」 「追いかけろ!!」  後ろから子供達が追いかけてくるが、毎日浜に出て砂の上を歩き慣れている浦島は早かった。亀を抱えて振り返りもせず、後ろから子供達が追いかけてくる気配がなくなるまでひたすら走り続け、気づけばかなり遠くまできていた。 「はぁ、はぁ……ここまで来れば平気かな……」  亀を地面に下ろし、膝に手を置いて上がった息を整える浦島は汗を拭って笑みを浮かべる。そしてそっと手を伸ばし、甲羅に触れた。 「どうしてあんな人の多い所に来たんだい? 危ないから、もう来てはいけないよ」  そう言うと、亀を海へと戻してやった。  日は既に高く昇っていて、海に出るには帰りの時間を考えると不安が残る。何よりこの海は突然荒れる事がある。  大人しく諦めた浦島は近くの出っ張った岩の上から糸を垂らしたが、やはり思うような魚は釣れず、今日食べる小さな魚が僅かに取れただけだった。 「ただいま」  帰った浦島に、母は内職の手を止めて迎えてくれた。 「おかえり、太郎」 「ただいま、母さん。ごめんね、今日はこれだけなんだ」  恥ずかしい思いで魚籠を見せる浦島に、母は何の不満もない顔で迎え、背を叩いて労ってくれた。  取ったばかりの魚を捌き、アラでダシを取って、それに味噌を少量溶いて野草でかさ増しをして食べる。もうこんな生活がどのくらい続くのか。老いて痩せた母を見ると、酷く申し訳無い気持ちになってくる。 「どうしたんだい、太郎? 腹が減るかい? ほら、もっとお食べ」  そう言って進めてくれるのは、自分の前にある小さな焼き魚。勿論母の分だ。  浦島は涙がこみ上げるのを拳で拭って笑みを浮かべ、差し出してくれた魚を押し戻した。 「これは母さんのだよ、食べて。俺はお腹いっぱいだから」  母は心配そうな顔をしたけれど、浦島は首を横に振って頑として受け取らなかった。 「そう言えばね、今日ちょっといいことをしたんだよ」 「おや、なんだい?」 「浜に亀が打ち上げられていてね、村の子供達が虐めていたんだ。なんか、可哀想でさ。その亀掴んで逃げてきちゃった」  少しおどけたように言うと、母は目を緩めて頷いてくれた。 「それはいいことをしたね。きっと、お前にはいいことがあるよ」 「そんなの……」 「こんなに心優しいいい子なのに、嫁さんはきてくれないんだねぇ」 「…………うん」  胸がズキリと痛む。浦島は曖昧に頷くしかできなかった。  体が小さくひ弱な浦島に振り向いてくれる女子はいない。屈強な漁師達に比べ、浦島は明らかに見劣りがする。  しかも顔も子供っぽい。丸顔で目が大きくて少し垂れている。日差しの下にいるのに日焼けで黒くならないし、迫力もない。なんなら声も少し高い。  よく漁師達の集まりでは「お前本当に付いてるのか?」と言われ、股間を触られて恥ずかしい思いをするのだ。  しかも年齢は28歳。いい大人を通り越して、もうおっさんだ。 「あの、もう寝るね。明日は頑張って、大きな魚釣ってくるからね」  言って、浦島は床の用意をして早々に眠ることにした。
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