第2話. 画家と家族

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 この歳にもなると1週間はあっという間に過ぎる。定期健診では緊急的な病状の変化はないと言われ、ほっと一安心というより、あってたまるものかという感じだった。「それではまた3日後に」と言われると、私は即座に病院を後にしていた。わざわざ絵を描くのを中断してまで来る必要があったのかは甚だ疑問な内容だった。  気を取り直すように、その足で私は自宅とは別の方向に向かっていた。そこは街から少し外れた、なんでもない道の端にあった。いつものように、道向かいの切り株の上に腰を下ろすと、私は背負っていたキャンバスを地面に置いた。  上着のポケットからしなびた煙草を1つ取り出し、火をつける。ふうと一息吐くと、ちょうど風が吹き、揺れる葉の中に煙は消えていった。時間の流れに身を任せ、しばらくぼうっとしながら消えていく煙と緑色の陰を眺めた。この道は滅多に誰も通らない。年寄りの人間と年寄りの木があるだけだった。これで最後―火を消し、右手に持っていた煙草を絵筆に持ち替えた。  私の未来への希望が詰まった日の前日、私と妻はいつもの医師ではなく、若い女の看護師の前に座らされていた。 「では明日の12時に手術開始となっていますから、10時頃には向こうの病院に着いていてください。で、その時にうちの医師からの紹介状を忘れずにお持ちください」私の代わりに「ええ、ええ」と妻が返事をしていた。 「もう1点忘れないでいただきたいのが、この渡刻許可証ですね。時間交換所ではこれがないと進針できませんから」  そう言って看護師はプラスチック製の薄い券をペラペラと見せた。 「ちなみにこれは往復券になっていますが、当日のみ有効となっていますので、その日のうちにちゃんと帰ってきてくださいよ」  私はあいまいに返事をし、どこか上の空な気分が抜けなかった。 「初めてのことで緊張なさるかもしれませんが、頑張ってください。では、くれぐれも許可証と紹介状、これだけは必ず忘れないようにしてくださいね」  家に着くや否や、妻はそわそわと用意を始めた。日帰りだと言っているのに、やたらと着替えやら非常食やらをカバンの中に詰め込もうとしている。この紹介状と許可証と少量の金さえあれば充分だと言っても、なかなか聞く耳を持とうとしない。それにもかかわらず、私がスケッチブックと鉛筆を持っていこうとすると、そんなものは必要ないと言ってくるのだった。
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