第2話. 画家と家族

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 翌日―というのはこの場合正確ではないかもしれないが―次の午前10時前、私は30年後の未来にいた。  未来治療制度―この国ではそう呼ばれている。癌などの現代医療では治療が困難かつ重篤な病に罹った者に対して、医療の進歩している(であろう)未来で治療を受けることを許可および費用を補助してくれる制度である。私は見事この制度の適用を認められ、ついに今日、未来にやってきたというわけだった。  とはいえ、いまだこの制度は試験段階にあり、適用の際にある制限が設けられていた。それこそが私が30年後という中途半端な未来に来させられた理由であった。というのも「未来への移動は当事者の基本時間から30年後まで」ということが法律によって決められているのだ。そうとは言わず無制限に移動を許してくれてもいいじゃないか―と思わなくもないが、そうでもしない限り、医療の発達した最先端の未来に人が集まり過ぎてしまう―というのが、この国のお偉い方がこの制限を設けた理由とされていた。それではなぜ30年後なのか。その根拠は明確にされてはいない。この制度を利用する者の大抵が、30年もあればこの世から消えているからだろうか。なにはともあれ、この制度の申請に受かったことは、私の人生における数少ない幸運だったと言えるだろう。  そんなことを考えているうちに、私の受診ナンバーが院内の放送で呼ばれた。  少なからず期待を持ってやってきた30年後の未来だったが、いざ来てみれば、思っていたほどの変わりはないというのが私の率直な感想だった。事実、交換所からこの病院に来るまでも、別段迷うことなく歩いて来ることができた。ただ街中に増えていた電気式の案内板や、道行く人々が所持している小型の映像機械などは、私が思い描いていた未来像とは良くも悪くもかけ離れたものだった。  そして、今まさにこの病院でも、電気式の矢印による案内標識が左右の壁と床に映し出され、私が歩を進めるたびに私の体に同調して半歩先を示していた。矢印が私に合わせているはずなのに、気がつけば私が矢印の動きに合わせているようで、なんとももどかしい気持ちになった。納得のいかないまま、私は案内矢印に指図されて診察室に入った。  医師は人間だった。年の頃は40歳前後だろうか。ともすれば、家の近所で走り回っている子どものうちの1人だったかもしれない。そして、やたらに無駄話の多い男だった。 「ああ、ハボットさん。初めまして。どうでした?廊下の矢印。驚いたでしょう?うちも最近、過去から来る患者さんを受け入れるようになりましてね―ああ、まあ、ハボットさんもそうなんですが。その時こう―未来感のあるものをね、取り入れた方がいいかなあ―なんて思っているんですよ。まあ、ぶっちゃけていうと、費用が馬鹿にならないんで、そのうちやめると思うんですけど」  話しながら医師は30年前からの紹介状を機械で読み取ると、ピカピカと光る画面を見て独り言ちた。それから、医師はこちらを向きなおすと、また興奮気味に話し始めた。 「良かったです。良かったです。この段階であれば、うちで今日治療を受ければすっかり治せますよ。前日に向こうで体調の確認をされているそうですが、こっちでも少し検査をさせてもらいます。それから病気の治療に入りましょう」  その笑顔を見てなにか引っ掛かりを感じた私は、医師の胸につけられた名札を見て、ようやく1人で納得するのであった。
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