第2話. 画家と家族

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 彼女の言葉を反芻しているうちに、私はこの女性と絵の中の娘の姿を重ねていた。どことなく2つの影は徐々に重なり合っていき―そのうち女性がポツリと口を開いた。 「実を言うと、この絵は私の父が描いたものなのです」  私は驚きのあまり言葉を発することができなかった。彼女はそれを、私が話を聞く態勢に入っているものだと思ったようだった。 「私が記憶している限り、父は四六時中絵を描いている人でした。けれども父は売れない画家でした。家の稼ぎはほとんど母が働いてまかなっていました。年々、追いつめられていくように、父は人を遠ざけるようになりました。私も年頃になると、そんな父のことが嫌になり、いつしか避けるようになりました。父の絵のことも嫌いになりました。絵は私から父を奪っていったから。そうしているうちに父は亡くなりました」  こんな偶然があるのだろうか―私は言葉を失っていた。「マシャリー」そう言って目の前の女性を抱きしめたい―けれど、そうするにはあまりにも時間が経ち過ぎて、私の体はそのやり方を忘れてしまっていた。その行為がこのかけがえのない時間を壊すことはないとわかっていても、私に娘に触れる資格があるとは思えなかった。今はもう、他人同士の関係で繋がっているだけでも満足すべきなのだ。  改めて、私は今までどれだけ娘から目を背けていたのかを思い知った。娘が私の心を離れていくのは気づいていたし、仕方のないことだと思っていた。離れたがっているのなら、こちらから離れてやるのが優しさと思っていた。娘は私の心を欲していたのだろうか。もっと話を聞いてやるべきだっただろうか。  当時の私は追いつめられていた。私は絵を描くことに逃げた。そんな状態で絵もまともに描けなくなっていた。何度も何度も描きなおし、ごみの山ができた。うまくいかない理由を家族のせいにした。私は画家としても父親としても失格だった。 「父が死んでも、もうその頃は会うことも滅多になかったので、実感はありませんでした。遺品の整理をしに行った時―何十年かぶりに父の部屋に入りました。戸を開けると、こもった空気と一緒に、懐かしい匂いがしました。それと同時に幼い頃の記憶が蘇ってくるようでした。子どもの頃の私は父の部屋にいるのが好きでした。風に乗ってやってくる絵の具の匂いと、優しい太陽の光。活き活きと描いている父の姿。見よう見まねで落書きをする私。遺品を整理しているはずなのに、私は子ども時代の楽しかった気持ちに戻っていました。気がつけば一晩中、父の部屋で絵を漁り続けていました。まるで父の絵に対する情熱が私に乗り移ったかのようでした。それは私が思っていたような不快なものではなく、私に温かい気持ちを授けてくれました」  彼女の声は淡々としていた。冷たさというより、なにもかも踏ん切りのついた後の清々しさだった。
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