第2話. 画家と家族

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 私は「そうですか」と呟くことしかできなかった。それに比べ、彼女は立派に過去の気持ちに整理をつけていた。 「この絵は・・・この絵は誰が?」  沈黙を嫌うように私は訊ねた。しかし同時に、その絵に対する興味があったことも嘘ではなかった。一目で私がよく訪れていた杉の木を描いたものだとわかった。しかし私にはそれを描いた記憶はなく、その絵には製作者の名前もなかった。  彼女は絵に近寄るしぐさをした。どうやら彼女は、それだけでどの絵のことかがわかるようだった。そうして彼女は笑った。 「お恥ずかしながら、これは私が描いたものです。一番良くできたと思って、こっそり飾らせていただいてるんですけど、やっぱりほかのものと比べて見劣りしますか?」 「いえ、そんなことは・・・」と言うものの、ほかに並んでいるものよりも、明らかに技術的な不安定さはあった。しかし、その荒々しさなどは昔の私の絵に似ているような気がした。 「いつ頃から絵をお描きに?」  私の知る限り、娘が私を避けるようになってからは、娘が絵を描いている姿を見たことはなかった。 「父が亡くなった後です。父の遺品を整理しているうちに絵に興味が湧いてきて、そのうち自分でも描くようになりました。今ではこうして―お気づきかもしれませんが―目を悪くしても、匂いをつけた絵の具で時々描いています」  そう言った彼女の顔は活き活きとして、たくましくもあった。私の知らないところで娘はしっかりと成長を遂げていて、寂しいような、不甲斐ないような―それ以上に誇らしく思った。そして、娘が絵を楽しんでくれていることが嬉しかった。私は娘が幼い頃を除いては、そうなって欲しいとも思っていなかった。それに私自身忘れていた、絵を描くことの楽しさを、彼女は思い起こさせてくれた。それこそ、娘が幼かった頃以来に。
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