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花の香りがした。暖かく、なんとも心地よい空間だった。穏やかな春の空気と花びらに出迎えられた3人は、しばらくの間、夢の中にいるのだと勘違いをしていた。
「どなたですか」
その貴婦人は、どこからともなく現れた3人の子どもたちに驚きを隠せず、手に持ったジョウロを危うく地面に落とすところだった。
「あ、あの、わたしたち友達に会いに来たの」
ミリーは手早くそう言った。
「あら、デイジーのお友達ね」
貴婦人は納得がいったとばかりに嬉しそうに笑っていた。
「ああ、そうそう、おれたちデイジーちゃんの友達なんだ」
プンスターも話を合わせるようにそう言った。しかし、それが過ちだとは知る由もなかった。
「デイジーなんて子はウチにはいません」
貴婦人は笑顔のままだったが、先ほどまでとは一変して、その笑顔は自分たちを厳しく問い詰めようとしているふうに見え、3人は恐ろしさのあまり言葉を詰まらせるのであった。
3人が黙っていると、貴婦人は続けてこう言った。
「デイジーちゃんはいないけど、ウチのアリアと仲良くしてくれないかしら?」
3人の不安をよそに、貴婦人の笑顔は再び普通の―相手への好意を示す―ものへと変わっていた。この辺りにいる大人たちは、1度は子どもをからかわないといけない決まりでもあるのだろうか。
難攻不落の謎に包まれていた屋敷の扉は、貴婦人の右手によってやすやすと開かれた。ドアノブの破壊に至るまで苦戦を強いられた屋敷の中に、こうもあっさりと入ることができて、3人は拍子抜けする気分であった。
貴婦人はデイジーもといアリアの母親だった。どうやらそのアリアが、老人の言っていた娘に違いないのだろう。
3人は屋敷の中を案内されていた。アリアの部屋に向かう最中、貴婦人は驚くほど饒舌だった。なんでも、アリアは病気がちで、友達が遊びに来ることは滅多になく、3人が来てくれたことがとても嬉しかったようだった。
なんでも、貴婦人は嘘を見抜くことに長けているらしかった。3人が不法侵入者であることはすぐにわかったと言う。しかしながら嘘発見に熟練した貴婦人に言わせてみれば「あなたたちに悪気がないことくらいわかっているわよ」とのことだった。そんなわけで、3人はなんのお咎めもなくアリアへの面会を許されたのだった。
屋敷の2階は気の遠くなるほど長い廊下が続いていた。その左右に対になるように部屋が並んでいた。幸い、階段を上ってすぐ左手の部屋の前で貴婦人は止まった。
「アリア、お友達が来たわよ」
貴婦人は部屋の前で2度ノックした。返事はなく、代わりに中からカンカンと金属音がして、それが合図のようだった。貴婦人は1度3人の方へとにっこり笑い、ドアを押し開けた。
ドアが開けられると、正面にある大きな窓から一斉に風が吹き込んだ。それと同時に「きゃ」という小さな声が、部屋の奥から聞こえた。風に揺れるレースのカーテンの陰に隠れて、声の主の顔は見えない。少しして、ベッドの上からゆっくりとこちらに体を向けて、アリアは丁寧に挨拶をした。
3人と同じような年頃の少女は、読んでいた本を閉じ、なにかを言おうとしている。風に揺れる金色の髪の毛の隙間から覗き見えた茶色の目は、少しおびえているようにも見えた。
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