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「……会えないよ。仕事中だし切るからね」
『あのさ、7時に、いつもまち合わせしている公園で待ってるから』
「……行かない」
『うん、でも待ってるから』
きっと捨て猫みたいな顔をしている。声が少し震えているから。
そんな巧を簡単に想像できてしまうくらいにはこの3年、たくさんの時を過ごしてきた。無防備に巧と話すのは危険。嫌いで別れたわけではないのだから。
菜々緒はブンブンと頭を振って脳内で悲しげな表情をした巧の顔を消した。
「申し訳ありません。本日は予定が入っておりまして。後日調整したうえ、折返しこちらから連絡いたします。では失礼いたします」
今度は周りにも聞こえていいようにキッパリそういう。受話器の向こうで微かな吐息。何か言おうとしている空気を感じたけれど、その前に受話器を置いてしまった。
そのままパソコンのスクリーンに視線を落とすと、上から声が降ってきた
「今の、例の彼氏?」
電話をつないでくれた町田が小声ではなしかけてきた。飲み会で、酔った勢いで町田に巧の話をしたのを後悔しても遅い。
「もう元カレですから」
あえてサバサバとした調子で答えると、 町田は、ふーん、といって目を細めた。
「やっぱり別れたんだ」
「町田さん、私を構う暇があるなら仕事してください」
「暇じゃなくても構うよ。気になるし」
町田は片方の眉をあげて、しれっとそう言ってのけた。彼もまた、巧とは違う方向から女の子の心をくすぐるのが上手い。
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