ガーネット・タルト

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ガーネット・タルト

雨粒が真珠(パール)の様に、此処、「喫茶店・地層」の窓硝子を叩く。 サイフォンがコポコポと鳴り響き、店内はまるで海の中の様だった。 蒼色が浮き足立つそんな中、ある男性は柘榴石(ガーネット)の種類を分けていた。 「先生、今日仕入れた『鉱物(イシ)』はなんですか?」 『先生』と呼ばれた若い男は、物腰丁寧な口調で、やんわりとその問いに答える。 「ん~、海外でも採れるんですが、今回は奮発して国産物の柘榴石(ガーネット)ですよ、旬ですしね」 「旬、ですか。それはまた。しかしながら先生、こんな土砂降りの日にまで、『鉱物(イシ)』を料理しなくても、良いのでは無いですか? たまにはお店を休みにしたら……」 と、男性を『先生』と呼ぶ『少年』が言いかけると、来客を意味するドアベルが鳴った。 「ほぉら、ね?雨だからこそ、ですよ。この喫茶店・地層は、《いつでも、美味しく、鉱物(イシ)を、召し上がって》頂く為にこそ、あるのですから」 ニッコリ、『先生』が『少年』に微笑むと、はぁ、と溜息を吐き。 「全く、先生のその御心(みこころ)には賛同せざるを得ませんね……」 と、観念した様に両手を挙げた。 ✴︎ びしょびしょの傘を折り畳みながら、雨宿りで偶然入った喫茶店に、『私』は驚いていた。そうか、ここは『鉱物(イシ)喫茶店(カフェ)だったのか。 「今日のオススメ」の黒板に、色付チョークで『ガーネット・タルト』と文字を綴った『少年』は、器用に柘榴石(ガーネット)のイラストを、空いた下部分に描いていく。 『私』は柘榴石(ガーネット)どころか、ザクロすら食べた事も無く、興味が率先して、この日初めて『鉱物(イシ)』を食べる事にした。注文(オーダー)は「今日のオススメ」と紅茶のホット。 ✴︎ 「小さめの柘榴石(ガーネット)は、こうやって優しく母岩から外してあげると、パラパラと落ちるので、下に綿製の手拭いを敷いて下さいね」 店長らしき男性が突如口にした言葉の内容に驚く『私』。 「先生のその癖……『料理説明口調』まだご健在でしたか」 「皮肉らないで下さいな少年くん、下地のタルト生地がその毒舌で焦げてしまいますから」 成る程、注文(オーダー)を取りに来たこの『少年』から察するに、いつもの事らしい。しょっちゅうなのか、『少年』に「諦めて下さい」と、小さな声で宣告された。 ✴︎ 「生地はバタを練りこんで、型に綺麗に敷き詰めた後、事前に200℃に温めたオーブンで20分焼き上げ、」 「柘榴石(ガーネット)はサッと水洗いをして美しい照りが出ましたら、大きさを均等にして、より赤いモノを散りばめます、」 「チョコレートと相性が良いので、今回はチョコレートムースを使いましょう、」 「少しだけ珈琲(コーヒー)リキュールも、」 「ジャムの様に煮詰めてしまうと水分量の高さから煮崩れてしまうので……ええ、敢えて温かいサクサクタルトの土台に、ムースの地層、冷たい柘榴石(ガーネット)を、」 「仕上げに水晶(クリスタル)を煮詰めた(シロップ)をかけて」 透明な(シロップ)粒、キラキラと赤く赤く光る大粒の柘榴石(ガーネット)と地層の断面の様なマーブル模様のムース、最後に薄っすら焦げ目の付いた、タルト生地。 『私』は出された銀製(シルバー)のフォークをさっくりざっくり、ガーネット・タルトに入れて、ひと口サイズに分けた。 と、そこで。 「お客様、」 「本日はお足元の悪い中、この様な、しがない喫茶店(カフェ)にご来店ありがとうございます、こちらは(わたくし)からのサービスです」 と、たっぷりの白雲母(クリィム)を木べらでトンッと『私』のお皿に盛られた。『私』は口籠ってしまったが、なんとか、ありがとうございます、と言えた……と思いたい。 改めて、ぱくり、とガーネット・タルトを口にする。 ✴︎ まずやって来たのは『地層』の食感。タルト生地のザクザク、ムースがふんわりしっとり、鼻から抜ける強い珈琲(コーヒー)リキュールの香り。 最後にやってくるのは粒つぶの柘榴石(ガーネット)。その粒を噛みしめると、その大きさからは考えられない果汁が、口いっぱいに溢れる。少し甘くて、少し酸っぱい。 大人な味と肉厚な果肉の食感……、それにチョコレートが絡みつく。果てしなく甘い其れ等が、酸っぱさを柔らかく溶かしていく。 飲み込むのが惜しい。『私』は急いで次のひと口をフォークに乗せる。 先程、盛られた白雲母(クリィム)を今度は合わせて。 柘榴石(ザクロイシ)と地層と岩盤を、甘すぎない真っ白が全てを包んで行く。 ✴︎ ごくり、と飲み込んで、夢心地で思った。 美味しい。 凄く美味しい。 日頃の疲れも吹っ飛ぶというものである。『私』が、思考の宇宙を漂っていると、 「美味しかった、ですか?」 と、優しく笑う『先生』。 「はい、とても!」 『私』は今度こそ、『先生』に届くくらいの声で言った。 「それは良かったです、」 「当店はいつでも貴女のお越しをお待ちしておりますよ、貴女が、いつでも、美味しく、鉱物(イシ)を召し上がって下さるなら」 ✴︎ 「先生、雨、上がりましたよー」 真珠の海が出来る前に、雲は街を駆け抜けたらしい。 『私』がガーネット・タルトに舌鼓を打っている間に、憂鬱は去ってしまっていた。 今日はなんだか良い事ありそう。 『私』は、生き生きと水溜りを跳んだ。
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