君はいない

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 私は休憩時間のたびに教室を抜け出し同じ場所に来る。  一人になれる階段の上――友人といつも秘密の話をした場所――誰もいないのを確認してから、私はいつも2人だった場所に1人で座る。何度目かの本当の1人だけの時間を肌で感じながら冷たい壁にもたれかかって、気を抜いたらすぐ頬に流れ落ちるものにそっと触れた。  『真美(まみ)は好きな人、いる?』    そう聞かれた時、私は『いないよー』と笑った。それに対して加奈(かな)は『私はいるんだ、ほらクラスメイトにいる、(さかき)君――』    加奈は、いつも榊の話ばかりしていた。  顔がいい、頭がいい、スポーツはちょっぴり苦手みたいだけど音楽の趣味が良くて、優しくて…… 『凄く、好きなんだぁ』  そう言って笑って、すっごく嬉しそうな顔をする加奈の笑顔が、目を閉じたらすぐ思い出せる。  その話を聞くたびに、『いいね』て笑いながら、ずっと苦しかった自分の心も―― 「大丈夫?」  ふと声をかけられて私はハッと目を開いた。  今更止めることなどできない涙は流したまま、拭う気力も湧かない状態のまま、顔を上げた私の視界に入ったのは  榊、だった。  驚いたように目を丸くしている榊に、私の全身がカッと熱を帯びる。  何で追って来たんだろう。  でも、そんなことどうでもいいや。 「……何?」  ぶっきらぼう、だけど、泣きすぎて掠れた声を私は彼に投げかける。  二人きりだから、今なら別にとりつくろわなくてもいいや、と思っている私がいた。  彼は私の止まらない涙に驚いた様子だったが、でも、その顔はすぐにキリッと引き締まった。  ――あ、カッコいいな  と、無意識に私が思った瞬間。  その顔は、目の前にきた。 「え」
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