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1・ふ菓子対決!
初めて贄(にえ)と早食い対決をしてから3週間ほどだっただろうか。
あれ以来、ちょこちょこスーパーに来ているが、まったく会わなかった。
自転車置き場にチャリを置きつつ、カバンを掴んだ。すると、隣に勢いよく誰かが滑り込んできた。
「あっじかったくっん!!」
「おお、贄じゃん。久しぶりだな」
贄の笑顔に、自然とこっちも表情が緩むのがわかった。相変わらず、人好きのするかわいい奴だなと思う。
「私もね、いろいろと忙しかったんだよ」
「へえ、そいつはご苦労さんでした」
微妙なニュアンスの言い方だな。あえて今はワケを聞かないでおくか。いっしょにスーパーに入って、それぞれカゴを手に取る。
「うん。やっとひと段落したから、顔を出してみたんだ。そしたら、味方(あじかた)くんがいてさ、嬉しくて思わずお腹が鳴っちゃった☆」
「おいおい、俺は食いモンじゃねーぞ」
「わかってるって♪ もー冗談だよっ」
バシバシ背中を叩いてくる。さすがいいガタイをしているだけあって、結構内臓に響く力具合だ。背中がもみじになっているんじゃねぇか。
「ひと段落って何かしてたのか? そういや、声を使う仕事とか言ってたから、就活とか」
機嫌良くお菓子コーナーであれもこれもカゴにぶち込んでいた贄の手が止まる。
「しゅ、シューカツ? パイシューに包まれたカツなんてあるの?」
動揺がモロに出ている。嘘がヘタクソな奴だな。
「知らんわ。結果はもう出たんか?」
「それはね……」
贄は両手を腰に当てて胸を反らす。
「私に勝てたら教えてあげる!」
「わかったわかった。ついでに俺の雪辱戦(リベンジ)にしようじゃないか」
「おー、いいねいいね。そうしよ! それでね、今回はあれにしようよ!」
贄の指差す先にはふ菓子があった。だいぶ懐かしいシロモノだ。
「ふ菓子。材料はみそ汁の具でも使う麩(ふ)。棒状の麩に、砂糖や水あめで黒く沁みこませて作られる。老若男女に人気のある駄菓子のひとつ。人によっては『駄菓子の顔』と呼ぶ人も」
ハキハキとアナウンサーのような口調。……本人の前じゃ照れ臭くて言えないけど、めっちゃいい声しとるよなー。惚れ惚れするもん。表情もふんにゃりしていたもんから引き締まっているし。ギャップがあって非常に良いわ。
「ふ菓子なんてガキのころに食べたっきりだな」
そもそも駄菓子自体、いつの間にか食べなくなった。値段の割に全体的に量が少ないもんなぁ。小さい子どもならまだしも、食べ盛りの人間にとっては物足りなさ過ぎるんだ。そりゃ見向きもしなくなって、ジャンボサイズのポテチとか食べるわ。
「そうなの? 私は結構な頻度で食べるよ。そのまま食べても良し。カットしてバターで軽く焼いて、アイスを乗っけて食べるのも良し!」
何気なく視線が贄の腹を捉えた。ストレスで食べまくったのか、少し太ったような気もしなくもない。顔には肉がつかないのは、ある意味良い体質を遺伝したんだろうな。
……で、このふ菓子である。果たして1本50センチで150円ってのは、安いんだか高いんだかわからん。とりあえず、買い物かごに入れとこう。
「飲み物は選ばせてあげる」
「んじゃ、アイスコーヒーにするか。無糖の」
「……いいよ!」
「なかなかの間があったけど、コーヒーは苦手か?」
「嫌いじゃないよっ。たしなむ程度だよ! ブラックは、その気になればいくらでも――」
取り繕うかのような早口。嘘をついているとこうなるのか? さっき動揺していたときもそうだったよな。
「苦手なんじゃねぇか。フェアじゃないからやめっか」
「このふ菓子はめっちゃくっちゃ甘いから大丈夫!」
「本当か?」
「味方くん! 何事もチャレンジだよ!!」
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