1.プロローグ

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1.プロローグ

 一番近くにいる存在なのに、心は果てしなく遠い。  想っても報われない恋を片思いと呼ぶのなら、私のそれは軽く十年を上回っている。  * 「ッ、いって!」  何気なしに部屋の扉を開けると、ゴン、と鈍い音がして扉が何かにぶつかった。 「……あ。ごめん、兄貴。帰ってたんだ?」  今日ぐらいに帰って来るだろうと予想はしていたが、私は素知らぬ顔でとぼけて見せた。条件反射にドキンと跳ねた心臓にも気付かぬふりをする。  ぶつけた張本人は強かに打ち付けたおでこを押さえて、私を睨みつけた。 「帰っちゃわりーのかよ」 「そんな事言ってない」  イテテ、と言いながら彼は私に背を向けて、階段を降りて行った。  ーーもしかして。またお義父(とう)さんの部屋に?  私の部屋の向こうは義父(ちち)の部屋だ。  息子が勝手に部屋に入っているのを、親は良しとしないだろう。  どこか後ろぐらい気持ちになりながらも、玄関に向かう背を見送るために付いて行く。彼は思い出したように「あ」と呟いた。 「そう言や美紅(みく)、お前シュークリーム食うだろ? いつもの所に置いてあるからな?」  そう言ってパタンと扉が閉まる。  居間に向かい、ソファー前のローテーブルに目を向けた。見慣れた箱が一つ置いてある。箱にはいつも通り、三つのシュークリームが入っていた。
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