熾火

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 亡くなった……  何度もその事実を理解しようとしても、言葉の意味そのものを理解することを俺は拒んでいた。  覚悟はどこかでしていたはずなのに、いざこうやって直面すると、現実味はとてもない。  五分ほどで立派な日本屋敷に着くと、車が門の中に乗り入れられる。  黒塗りのリムジンの横に付けると、運転していた人は俺を座敷に案内した。  すでに男たちの嗚咽があちこちで聞こえている。  見慣れた竹野さんのいかつい顔と肩が俺を見るなり震え、すんまへんと土下座した。 「山崎さん、すんまへん…! 頭をお守りすることが出来んで、すんまへん…!!」  俺はそれに答えることも忘れて、ただ、座敷に横たわっている血塗れの黒コート姿を凝視した。  表で撃たれたのをそのまま運ばれたのだろう、胸を始めとして顔にも血が飛んでいるままで、急ごしらえの敷布に横たえられていた。  敷布もすでに鮮血で染まっている。  俺が何度も見とれたあの端正な目は堅く閉じられ、唇の端からも血が流れ落ちていた。  死んでいる……  本当に、死んでいるのか……?  戸倉さん……  ――お前に泣かれると俺も辛いんや――  あの人の声が、記憶の彼方から聞こえてきた。 『俺はな、お前が笑うてるところを見るのが一番倖せなんや…せやから俺にもし何かあったときもな、笑うて見送ってくれ…な、それさえしてくれたら俺は充分や――お前が泣いたら俺も辛いからな』  泣くなって。  どうしてこんなので、泣かないことなんて出来るよ?    酷い。  笑えって、どうしてそんなことが言えたんだよ。  笑える訳がないじゃないか。  でも彼を嘆かせたくない。  彼の望み通りにしたい。  俺が笑うと、この人は本当に嬉しそうだった。  だから俺は、笑った。  涙をぼろぼろ零しながら、震える唇の端を必死で持ち上げた、ぐちゃぐちゃな笑顔だった。  端から見たら気が触れたような表情だったろう。  そのまま両膝を畳に突いて、頽れてしまった。  大声で泣きわめき、あの人に取りすがり、肩を揺さぶった。  誰かが引き剥がそうとしたが、それを振り解くと、もう一度縋った。  周りなんか頓着もしなかった。  なあ、笑ったよ。  だから、もう泣いていいだろう?  どうして――  どうして俺の名前を呼んでくれないんだよ。  綾人って、坊って、その唇を開いて呼んでくれよ。  その手を差し伸べて、俺の髪を撫でてくれよ。  何故黙ったままなんだ。  どうして目を閉じたままなんだ。  あの綺麗な強い視線はどこに行ったんだよ。 『坊――泣いたらあかん、男の子やろ?…な、俺のためになんか泣かんでええ…可愛い坊…』  無茶を言わないでくれ!  いくらあんたの言うことでも、それだけはどうしても聞けない。  少しでもこうして哀しみを吐き出さなきゃ、俺は気が狂ってしまう。  血のぬめりが俺の服にも顔にも手にも付く。  誰よりも惚れていた人の血。  蒼ざめ、白くなった頬に唇を押し当て、何度も名前を呼んだ。  髭が少しだけ伸びた、ざらついた感触が懐かしい。  俺の頬を自分の剃刀で剃ってくれた時の問答が蘇った。  こんなあんたを見るくらいなら、あの時に本当に俺を殺してくれた方がましだったのに。  どうして俺を殺してくれなかったんだ。  俺は馬鹿だ。  大検を受けて喜ばせてあげればよかった。  嘘でもいいから受けるよって答えて、安心させればよかった。  なのに最後まで俺は拒み通して、この人を悲しませたまま逝かせてしまった。  悔やんでも悔やみ切れない。  側に――側に行きたい。  あんたがいるところに、俺も行く。  絶対に行くんだ。  なあ、あんただって一人じゃ寂しいだろ?  だからすぐに行くよ。  俺は即座に立ち上がり、傍の男に掴み掛かると、懐の拳銃を取り上げた。  別の男が俺の前に立ち塞がったとたん、身体に衝撃が走って――それきり記憶が、途切れた。
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