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座りこんだ俺を見て、戸倉さんがびっくりして駆け寄る。
「戸倉さん…」
「気分でも悪いんか、その電話はどうしたんや」
「いま…竹野さんが、あんたが事故に遭って、安否が判らないって…」
「何やて」
受話器からは、山崎さん大丈夫ですか、と竹野さんが呼び掛けている。
それを俺の手から取って、戸倉さんが直接出た。
「竹野、ガセにも程があるで!不確定情報を綾人に教えてどないするんや、この馬鹿もんが!」
『あれ若頭、ご無事だったんですね?良かった』
とぼけたような竹野さんの安堵の返答に、戸倉さんはますます怒っている。
「ご無事でしたかもクソもあるか、言うとくが宮本も軽傷で済んだわ、今度からは俺が死にでもせん限り、綾人をむやみに心配させるような電話はするな、判ったな!」
『はい、以後気をつけます――それにしてもみんなも心配してたんですよ、若頭が事故ったって聞いて』
「適当に鞭打ちになったとでも言うとけ、そうしたら次からは俺をこんな下らん喧嘩で呼び出さんようになるやろからな」
『判りました』
竹野さんが笑いながら電話を切る音がする。
若いもんはこれやからあかんと戸倉さんはひとしきり憤慨しながら受話器を置くと、まだ呆けている俺をそっと抱き寄せた。
「心配掛けたな坊、すまんかった…可哀想に」
「事故は…怪我は、なかったのか…?」
「ベンツは思うとったよりも頑丈でなあ、割れたガラスでちょっと手を切った程度や」
軽く上げて見せた右の前腕に、3センチほどの紅く細い線が走っていた。
それを見ただけで涙がどっと出て来て、俺は身体ごと抱き付いた。
「よかった、よかった…! 何もなけりゃいいってそればかり思ってたら事故だなんて電話が入るから、全然生きた心地がしなかったんだ、ああ、良かった――!!」
泣きじゃくる俺の背を彼は撫でて、すまんかった坊、もう大丈夫やからと何度も宥めた。
「そんなに泣かんでええ、俺のためになんか泣かんでええんや坊…せっかくの可愛い顔が台無しやないか」
そういう問題かよ。
白いシャツに狂ったように顔を擦り付けて、戸倉さんの温かさを確かめた。
逞しい身体の熱が夏の薄着で直に伝わってきて、この人は無事だったんだと俺に教えてくれた。
好きで好きでどうしようもない人なのに、彼はいつ命を落とすか判らない世界にいるということを嫌というほど思い知らされた俺は、四六時中彼に付いて歩くことが出来たらと本気で願わずにはいられなかった。
「坊…泣かんでくれ、笑うてくれ…ほら」
涙が止まらない俺の頬を両手で包んで、戸倉さんの切れ長の瞳が覗き込む。
「俺はな、お前が笑うてるところを見るのが一番倖せなんや…せやから坊、これから俺にもし何かあった時もな、笑うて見送ってくれ…な、それさえしてくれたら俺は充分や――お前に泣かれると俺も辛いんや」
「嫌なこと言わないでくれ、聞きたくもない! あんたが死んだら俺だって死んでやるからな、絶対にっ!!」
「坊、俺のためになんか死なんでええ、もったいないことはしたらあかん」
「側に行っちゃいけないのかよ、迷惑なのかよ!? 戸倉さんがいなけりゃ俺は生きられないよ――!」
「綾人…」
俺と同じ強さで、あの人が俺の背を抱き締めた。
髪を梳いて、独り言のように呟く。
「坊みたいな可愛い子置いたら、死んでも死に切れん気がするで…こんなに可愛い子、どこにもおらへん…俺だけの坊、俺だけの綾人や…」
言うなり、俺の啜り泣きを烈しい接吻で塞いだ。
床の絨毯に組み伏せて、服を剥ぎ取って行く。
「綾人…綾人…」
俺を食べたいと言っていた科白を実行しているみたいな、貪るように肌を這う唇。
「あ…はあっ、いやっ…」
「あかん、ほんまに食べとうなる…可愛い過ぎるで、坊…もうほんまに、何でこんなに可愛いんや…」
項から唇から、胸元、腹まであの人の唇が噛み付いて行く。
そうやって足の付け根まで達すると俺を呑み込み、舌を沿わせる。
この愛撫に俺は本当に弱い。抑制なんて効かなくて、数秒しか持っていないんじゃないかと思うほど、またたく間に果ててしまう。
今もあの人の舌が俺を誑かしていると思うだけで、頭が真っ白になった。
やるせなくて、戸倉さんの髪に手を差し入れる。
俺の声が漏れるたびにあの人はもっと狡猾に愛撫して来て、それで俺は我慢の限界を超えた。
まだ手足の細かい震えが取れないうちに、すぐさま身体を開かされる。
あの人しか知らない、俺のもう一つの敏感な所。
そして抱かれて、全身に熱を籠もらせ、その熱が理性を掻き乱す。
何度訴えても、まだだと撥ね付けられる。
「だめ…とくら…さん…」
「あかんで…坊…まだや…」
「あ…あ…」
力が抜けて、自分の身体が自分の物じゃないみたいだった。
汗が伝い落ちるのが判る。
あの人の腕も汗が流れている。
背中に必死で指を喰い込ませ、もう一度名前を呼ぶと、戸倉さんの動きが変わった。
俺を一気に追い遣ろうとしている、深い動き。
それに俺は身を委ね切って、運び去られる波に意識も何もかも任せた。
あの人の官能の熱さを、確かめた後で。
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