第三話 正暦一八〇一年一月(光月) 冬の季節の、君の贈り物

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 そんな周囲に囲まれながら、ラウールは実に上手く立ち回っていた。  けれど彼が自身の成績にさえ配慮をしているとは思ってもいなかった。  返す言葉もなく彼を見つめる。  そんなオリヴィエに、ラウールは面白そうに笑いかけてきた。 「ところで、リーヴィ」  その表情のまま近づいてきてオリヴィエの瞳を覗き込んでくる。  菫色の瞳がきらきらと輝いていた。 「まさかとは思うけれど、お母様にああ言われたからといって、尻込みなんかしていないよね?」 「……尻込み?」 「今日は僕を寝かさないんだろう? 期待、しているのだけれど」  そう言ってオリヴィエの肩に腕を回し唇を重ねてくる。  目を見開いたこちらに、ラウールは楽しげに目を細めた。  ──ほんと、勝てっこないよ。  ラウールの腰を抱いて引き寄せる。唇に舌で触れると、ラウールは口を開き嬉しそうに応じてきた。  花の香りの口づけは、どこまでも甘い。  このたゆまぬ努力家で魅力的な人とずっと一緒にいるために、自分はどうしたらいいのだろう。  そんなことを思いながら、溺れているのは自分なのだと改めて自覚をする。      ※  それからのオリヴィエは、ラウールに迷惑をかけることなく、胸を張って彼の傍にいられるよう、心を入れ替え己の行動を刷新した。  遊びで付き合ってきた一切合切の相手との縁を切ったことは当然のこと、そのほかの普段の振る舞いについても細心の注意を払うようになった。  勉学についても彼に肩を並べられるよう、イレーヌに頭を下げてメールソーの兄弟と共にメールソー家の家庭教師につくことを願い出た。初めて対面したときの余裕のなさにもかかわらず、イレーヌはオリヴィエを気に入ってくれていたので、この願いは快く諒承された。  デカルトはさすがメールソー家に家庭教師として雇われるだけあって、知識だけでなく教え方も非常に上手かった。ラウールの友人としての役得だったが、彼に師事出来ることはオリヴィエにとって非常に有意義だった。  しかしその幸運に甘んじてばかりもいられない。オリヴィエは今までの怠惰を取り戻すべく、自宅でも勉強に励んだ。  リオンヌの親も、オリヴィエが打ち明けるまでもなく、ラウールの父メールソー・アントワーヌから耳打ちをされてオリヴィエと彼との仲を知っていたらしい。  部屋での逢瀬を気づかれているとは思ってもいなかったオリヴィエは、ラウールとの件を父に伝えたときにそれを知らされて赤面の思いだった。  結局自分はただの思い上がった子供だったのだと思い知る。  ラウールとの仲はリオンヌの親にも歓迎された。  尻拭いが出来るからと、強く戒めることもなく放置をしていたものの、以前のオリヴィエの素行について両親がよく思っていなかったことも事実である。それを改めさせたラウールの存在はリオンヌの親にとっても願ったりかなったりだったのだろう。  またメールソー家との繋がりが出来ることも、メールソー家同様に、国内に様々な事業を持つリオンヌ家にとって大きな利益だったのだ。  かくしてオリヴィエとラウールは、お互いの両親の公認のもと付き合いを続けてきたのである。
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