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自分たちの過去の関係は、確かに互いの家族に知られている。ラウールの母親のイレーヌからは、何度も冗談めかしたことを言われたこともある。
それでもラウールは、彼自身はあくまでオリヴィエに対して、友人としての心情しか持っていないと、そう思っていた。
自分はそれに乗じていただけだと。
少年の頃の彼の好奇心をきっかけに、彼の友誼に便乗して身体も重ねてきた。身体を重ねることで、彼の全てを己のものにしているのだと自分の気持ちに錯覚をさせ、露わにすれば無残になるだけの思いに蓋をしてきた。
長年共にいる親密な友人として気を許されているだけで、そして今も彼の傍にいられるだけで満足していた。
八月のことは嵐が運んだ夢。
そうしなければならないと思っていた。
なぜなら、メールソーのことを第一に思う彼の障害にだけはなりたくなかったからだ。
「……僕は、誰よりも君の望みを理解している。そのはずだろう?」
「ああ。私もそう信じている」
「だったら!」
ラウールの淡々とした言葉に堪らなくなる。オリヴィエは顔を戻すと、彼に向かって声を張り上げた。
「二十年以上僕は君を見てきた! その間、君はいつだってメールソーの家のことを考え、家の将来と繁栄を、そして家族の夢を守ることを行動の指針としていたじゃないか! それ以外の君の望みなど、僕は知らない!」
「おまえ以外の何がある!」
オリヴィエの激高に、ラウールは振り向きざまに怒鳴り返してきた。彼の手がオリヴィエの襟を掴む。
「ああ、そうだ! おまえの言うとおり、私はいつだって家のことだけを考えてきた! メールソーの長子として生まれたからにはそうするしか生きる道はないのだと、ずっと信じてきた!」
菫の宝玉が滑るように光っていた。
「だからこそ女性と結婚もし子を為した! だがもう、クロエは存在しない。ギュスとアルに道を示され……、私は君の手をとることを選んだ」
徐々に言葉の勢いをなくしたラウールはオリヴィエの襟から手を離し、俯いてしまった。
誂えられた服で一見そうとは捉えられないように整えられているけれど、実はこの十年あまりで痩せてしまっている彼の肩。その肩が僅かに震えている。
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