【第一話 秋の夜会を君と 番外編】 九月(果実月)の初更

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「楽隠居を夢見ているというのにねえ」  最近のロドリグの、もっぱらの口癖はこれだ。 「何をおっしゃいますやら。現在が楽隠居みたいなものでしょう?」  その口癖を聞かされるたびに、オルタンスもこう言い返す。そして二人揃って吐息をつくのが約束になってしまっていた。  オルタンスとロドリグは先々代、すなわちラウールの祖父がメールソー商会社長だった時代、ラウールの父アントワーヌと同じ年にメールソー商会へ入社した。そしてオルタンスは秘書として、ロドリグは国内の炭鉱開発など、商会内における生産基盤の拡充を行う部署にて実績を積んできた。二人が現在の職を拝命したのは、ラウールが社長に就任する数年前、アントワーヌが社長だった頃だ。  オルタンスは社長の代替わりがあろうとも、自分の職務に大きな変化はないと考えていたが、ロドリグは違った。  正歴一八一四年春、アントワーヌは社長を辞してメールソー商会会長職に就くと、以前からメールソー商会の一部門として彼が力を入れていたとある事業について、メールソー商会より独立させて新会社を設立した。当然これは新社長であるラウールも諒解した上のことだ。ロドリグはアントワーヌに付いて、この新会社に参加する気満々だったのだ。  だが、アントワーヌはロドリグに、メールソー商会副社長留任を依頼した。 「済まないが、もうしばらく彼らの面倒を見てもらえないだろうか」  アントワーヌの言う彼らとは、新社長ラウールとその()()オリヴィエのことだった。  三十を超えたばかりの若年とはいえ、アントワーヌが社長職と同時にメールソー子爵家の家督も譲ると決めたラウールの経営手腕等について、社内から不安の声などなかった。  そして同時に、副社長にはラウールと同時に入社したリオンヌ・オリヴィエが就任するものだと、誰もが思っていた。  彼が中等部の時分よりラウールと共に、将来メールソー商会を担うために勉学に励んでいたことは広く知られていた。また入社後も、次期社長のラウール共々、アントワーヌやロドリグといった役員達から厳しい指導を受けていたのだ。  だがオリヴィエはその時、アントワーヌから打診をされた、社長に準ずる権限を持つ副社長の職を辞したのだった。
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