【第一話 秋の夜会を君と 番外編】 九月(果実月)の初更

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「まったく、情けないことだ」  当時のアントワーヌの慨嘆も、その理由もオルタンスとロドリグは深く承知していた。  同期入社であったこと、またアントワーヌが貴族ながらに身分よりも実力を重視する公平な視野を持っていたことや、気の置けない性格をしていたことから、三人は入社当時から意気投合し、親しく付き合ってきた。互いに結婚して家族が出来てからも、家族ぐるみの付き合いで、しばしばメールソーの屋敷も訪問している。  そして二人は、社内でもごく一握りでしかない、ラウールとオリヴィエの関係を知る人間でもあった。  国内名門校であるサン・ポワティエ学院中等部で同級生だった頃から二人仲良く信頼し合っていたものが、大学部を卒業し、社へ入社したあたりから雰囲気を変えてきた。  信頼関係に変化はない。  だがそれはオリヴィエがラウールから一歩引き、決して同じ立場に立とうとしない態度に一番如実に表れていた。  そしてラウールも、そんなオリヴィエに対して何も口にしなかった。  そんな彼らの隔たりは、ラウールが元侯爵家の令嬢を妻に娶ったことで更に大きくなったように感じられた。  アントワーヌは、彼らが双翼として有ることを期待していたというのに。  副社長職を辞したオリヴィエのことは、当面社長補佐の職とするとアントワーヌが決め、現在に至る。  副社長はロドリグが続投となったが、ラウールに代替わり後のロドリグの役目は、アントワーヌの時代とは異なっていた。アントワーヌが社長だった頃には、副社長が社長に代わって決済を行える権限もあったし、実際ロドリグの判断で決済が行われた事も多い。  現在もロドリグは同様の権限を有している。  だが、決して彼は己の判断で社の決裁を行うことはしなかった。  ラウールが不在時の決裁の可否については、全てをオリヴィエに決めさせている。ロドリグはオリヴィエの判断に依って書類にサインをするだけだった。  またその他の副社長としての職務は、ラウールの代理として、必要な時に社外の会合等に出席する程度で、社内のことは原則オリヴィエにさせる。  それが、オルタンスが「楽隠居」と称するロドリグの現在の状況だった。  そんな体制がただの甘えであることを、聡明なラウールとオリヴィエが理解していないはずもない。  だが、一度形を為したものを変えるには、何かしらのきっかけが必要だった。
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