【第一話 秋の夜会を君と 番外編】 九月(果実月)の初更

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 まったく仕方のない、と思ってしまう。今ほどアントワーヌの嘆きに同調できる時はない。  オルタンスは首を一振りすると、両手の拳を腰にやりオリヴィエに強い視線を向けた。 「逃げるのも、ほどほどになさいまし」  今まで、彼にこのような怒りを向けたことはない。  オルタンスの怒気に気圧された訳ではなさそうだったが、オリヴィエは笑いを納め、真顔でオルタンスを見上げてきた。 「アントワーヌ様が貴方に何を期待されたのか、理解できない貴方ではないはずです。そしてもう、貴方の逃げる口実はなくなりました。このこともお解りでしょう?」  オリヴィエの青玉色の瞳に感情は映らない。  オルタンスは一旦目を閉じると、大きく息をついた。  再度目を開き、オリヴィエを見つめる。無感情にこちらを見る彼に、それでもと言葉を続けた。 「私達、メールソー商会社員の期待も裏切らないで下さいまし。皆、ラウール様と貴方が共に立たれることをお待ちしているのです」 「ラルのため、メールソーのために、僕が骨身を惜しむことはありません」  淡々とした答えだった。  ——そうではないというのに。  どうして頑なに彼は目を逸らすのか。  苛立ちはあるが、問いただしたところで彼は決してこちらに答えることはないだろう。  オルタンスは、オリヴィエの前の空の茶器を取った。それを戻し、盆を手に持つ。 「出過ぎたことを申し上げました。ただ、ラウール様とのお話だけはしていただければ、嬉しゅうございます」 「心に留めておきます。お茶をありがとうございました。今日はもう遅いので、そのままお帰りください」  気を遣ったつもりなのだろうオリヴィエの言葉にくすりと笑ってみせる。 「今し方、私達の仕事を取らないで下さいと申し上げたばかりですのに。オリヴィエ様、貴方もそろそろお帰りなさいませね」  そうやり返したオルタンスに、オリヴィエははは、と快活な笑いを見せた。  昔、彼らがまだ十代の若者だった頃。メールソーの屋敷でそうやって笑い合っているのを幾度も目にした。  あの光景が今や夢であるとは思いたくない。  オルタンスはオリヴィエに一礼をすると部屋を辞した。  期待を胸に残し。      第一話番外編 九月(果実月)の初更 ー了ー
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