第二話 正暦一七九六年四月(芽月) 春の日に君と秘密を(改稿版)

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     ※  サン・ポワティエ学院は、ルクウンジュ国内有数の名門校だ。学力成績では国内随一を誇る王立学院に一歩及ばないが、高い格式によって、貴族院議員に名を連ねる名家や国内の名だたる資産家に選ばれ、その子女が多く通っていた。  オリヴィエは王都ヴィレドコーリの旧家、リオンヌ伯爵家の三番目の子だった。  リオンヌ家は代々当主が貴族院議員も拝命する、ルクウンジュでも有数の貴族だ。  ルクウンジュにおいて爵位は、通常性別に関わらず長子に継がれる。リオンヌ家においても、オリヴィエが幼少の頃より、一番上の姉ミレイユが家督を継ぐことが決まっていた。また、ルクウンジュ貴族の次子以降、特に男子は軍に入ることがもっぱらだ。これについても、リオンヌ家ではオリヴィエの兄フレデリクがすでに海軍士官学校への進学を決めていた。  そのため正歴一七九六年の今年、中等部二年生のオリヴィエは、いたって暢気に日々の生活を送っていた。  幸い両親からは、家柄だけでなく優れた知能と容姿も与えられた。おかげで本気を出すまでもなく、学院では成績優秀者で通すことができている。  また両親や姉兄と同じ鳶茶色の髪と青玉色の瞳の整った容姿と共に、オリヴィエは表面的な人当たりの良さも持ち合わせていた。それらによって人間関係においても、特に波風もなく過ごしてこられていた。  中等部に入ってからは、フレデリクから手ほどきを受け女性を遊ぶことを知った。そしてほどなく、女性だけでは飽き足らず、若い男性も抱くようになった。  性に積極的であっても、十八歳未満の未成年の身では、花街であるボンヴィーデに通うことはできない。しかし家には多くの使用人がいたし、学内にも人は多い。人好きのする自分を作り上げていたオリヴィエが相手に困ることはなかった。  何かあったとしても、親がなんとかするだろう。  そんな気楽な気分で、日々様々な相手との逢瀬を楽しんでいた。  人生は要領よく楽しく。それがオリヴィエの座右の銘だったのだ。  そう、昨日までは。 「あなたと一緒にいるの、本当に楽しかったわ。でも、ごめんなさい」  昨日の放課後。  昨日は以前から何度か関係を持っていた、今年高等部へ進学した女性の先輩と会う約束をしていた。  けれど待ち合わせの場所にやって来た相手は、高等部の教室で「運命の人」とやらに出会った言って、開口一番オリヴィエに別れを告げてきた。  オリヴィエにとってその女性は、何人もいる相手の中の一人に過ぎなかった。当然、何の執着もない。  申し訳なさそうに謝罪をされても、まったく心は動かなかった。 「気になさることはありません。あなたがその方と結ばれることを、僕もユーウィスに祈りましょう」  それどころか微笑みながら相手を祝福し、別れることができた。
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