121人が本棚に入れています
本棚に追加
/463ページ
ただ困ったのは、その人相手に発散するつもりだった性欲の処理だ。帰宅して自室で自慰というのも味気ないに過ぎる。
そんなことを思案しながら校舎の裏手を歩いていると、ふとピアノの音が聞こえてきた。曲はルクウンジュでよく知られているもので、特に珍しいものではない。
けれどその音色は、どこかオリヴィエの琴線に触れてくるものがあった。
学院の音楽教諭が奏でる音ではない。
出所はどこだろうと周囲を見回し、耳を澄ます。
旧校舎の第二音楽室。普段授業等では使われないその教室から、音は聞こえてきていた。
解るとすぐに、オリヴィエの足は第二音楽室へ向かった。 旧校舎の入口の扉を開き、人気ない薄暗い廊下を進む。そして目的地の第二音楽室へ。
近くまで来たら間違いようはなかった。オリヴィエを惹きつけた音色は、確かに第二音楽室から洩れ出ていた。
教室の扉を小さく開け、中をそっと覗く。
春の終わりの午後の光の中、白金の髪の少年がピアノを弾いていた。
それが同級生、メールソー・ラウールであると気づくのに時間はかからなかった。
幼年部入学以来、彼とは何度か同じクラスになったことがある。今年もオリヴィエと彼は同じクラスだった。
リオンヌ同様、いや爵位は下なれど、リオンヌ以上の家柄にあたるメールソー子爵家。彼はその嫡子だ。
家柄だけではない。成績もまた、彼はオリヴィエ同様に学年上位の常連だった。
しかしオリヴィエは彼と親しく話をしたことはない。
学院の教諭陣からも評価が高く、真面目な性格で、いつでも端正な顔に怜悧な自信を満たしているラウールのことをオリヴィエはいささか苦手としていたのだ。
けれど、今彼が奏でている音色は、そんないつもの彼の雰囲気を裏切る柔らかなものだった。
──こんな音を出せる人だったんだ。
彼の音に浸りたくなる。
オリヴィエはするりと室内に入ると、後ろ手に静かに扉を閉めた。
譜面を熱心に追うラウールは、オリヴィエが入ってきたことに気づいていない。
扉の傍に静かに立ち、オリヴィエはラウールのピアノ音色に聞き入った。
余韻を残して曲が終わる。
オリヴィエは自然と手を打っていた。
拍手に気づいたラウールが顔を上げる。そしてこちらを見て目を大きくした。
オリヴィエはグランドピアノに近づくと、普段の苦手意識も忘れてラウールへ微笑みかけた。
最初のコメントを投稿しよう!