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「君、ピアノを弾くことができるんだね。君の音に聞き惚れてしまった」
オリヴィエの言葉にラウールは菫色の瞳を細め、はにかむように笑った。
──……っ!
先ほどの音色だけではない。彼はこんな表情もするのだと、胸の中で息を飲む。
「ありがとう。楽器を嗜むのは母の意向なんだ。我が家では弟たちも全員、何かしら演奏をできるよ」
「そうか。でもだったら、君の屋敷にも当然ピアノはあるだろう? どうしてわざわざ学校で弾いているんだい?」
「来月、末の弟の誕生日があるんだ。その祝いの席で演奏をしてくれと母から頼まれてね。家で練習をすると、弟に母の企みがばれてしまう。だから先生にお願いをして、こちらのピアノを使わせてもらっている次第なんだ」
「へえ……、弟思いなんだな」
呟いたオリヴィエを、今度はラウールが可笑しそうな笑いを浮かべて覗き込んできた。
白金の髪が窓からの陽光にきらきらと光る。
「オリヴィエ、君こそこんな時間に校内をうろついているなんて珍しい。今日のお相手は?」
驚いた。
訊かれた内容にではない。
真面目な彼のことだ。日頃のオリヴィエの行いには不快を覚えているばかりだろうと思っていた。
彼の奏でるピアノの音色に惹かれ、今は思わず話しかけてしまった。けれども同じ教室内にいても、普段は必要がない限り挨拶以上の会話はすることがない。ラウールはオリヴィエに話しかけてこないし、オリヴィエもできるだけ彼を避けていた。
それがこんな軽い調子で尋ねられるとは、思ってもいなかった。
返事に詰まったオリヴィエの胸を、ラウールは左手の甲で軽く叩いてきた。
「まさか、君ともあろうものが、振られたのか?」
「いや……」
今日に関して言えば、振られたというのが一番正しい。
だが、素直に肯定することもできなくて言葉を濁したオリヴィエに、ラウールは譜面を片付けながらまた笑った。
思わずその白い手首を掴む。
その時。窓も開いていないのに、なぜか微かに花の香りを感じた。
そんな些細なことは気にかけず、手を掴まれ怪訝そうに見上げてきたラウールに、オリヴィエは急き込んで尋ねた。
「君は何も思わないのか?」
「……何を?」
ラウールは冷静に訊き返してきた。訊きながら、手首を掴むオリヴィエの指を一本ずつ外していく。
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