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オリヴィエの言葉に、ラウールは「まさか」と楽しそうに笑った。
また花の香りがした。普段ラウールが香水などを使用している様子はないし、自分だってそうだ。
一体どこから漂ってきているのだろう。
「僕だってこの年の男子だ。とても興味があるよ。ただメールソーの家や両親に迷惑はかけたくないから、おとなしくしているだけだ。君は君で、特に問題もなく楽しんでいるというのならば、大いに結構なことじゃないか」
いくら外面の良さを繕っているとはいえ、オリヴィエが多くの人間と遊んでいることを、不行跡としてよく思っていない人間が、教諭や職員、生徒と立場を問わず学内に多くいることもオリヴィエは知っていた。
だが彼らが、オリヴィエが成績では学年でも上位に入っていることや、何よりも名門リオンヌ家の人間であることで、表だっては何も言ってこられないことも解っていた。
そんなオリヴィエにとって、ラウールのこの言葉は意表を突かれる以外のなにものでもなかった。いつでも怜悧な顔をした真面目一辺倒の彼は、オリヴィエに隔意を抱く集団の最先鋒だとばかり考えていたのだ。
それだというのに、こんなに屈託なく笑って、オリヴィエの中の『メールソー・ラウール』像をあっけなく崩そうとしている。
今、オリヴィエが確信を持って挙げられるラウールを表すもの。
音色。白金の髪。仕草。言葉。家柄。
手に触れる、柔らかく弾力ある温かな白皙の肌。
真顔でいればどこまでも冷たく冴え渡っているのに、今は楽しげな笑いを見せている美貌。
……曙の空、菫色の瞳。
そんなものに攪乱された意識が向かう先。
オリヴィエは彼に握られた手を強く握り返した。
ラウールが菫色の瞳に力を込めて見上げてくる。
喉が鳴りそうだった。
「君は興味があるのか?」
オリヴィエの質問にラウールは面白そうに肩をすくめた。
「どうしたんだい? どういう風の吹き回しかな?」
「……ピアノならうちにもある。昔は姉がよく弾いていたけれど、今は誰も弾いていなくてね。君が弟君のために練習をしたいのなら、僕の屋敷で好きなだけできるよ」
「君にしてはあまりに解りやすいお誘いだね」
「そう? 婉曲なのは好みじゃないんだ」
「ふうん」
くすくすと肩を揺らしてラウールが笑う。
笑い終えると、彼は空いた手を伸ばしてきた。その手の親指の腹でオリヴィエの下唇をそっと撫でる。
そして顔を寄せてくると、オリヴィエの耳元でまるで秘密を共有するかのように囁いた。
「君が僕の好奇心を満たしてくれる?」
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