122人が本棚に入れています
本棚に追加
「え? ジョルジュ?」
オリヴィエが狼狽した声を上げる。それにも関わらず、ジョルジーヌはラウールたちを押す力を緩めなかった。そしてその力は、自分たちよりも小柄な女性が出しているとは思えないほど強いものだった。
二人をサンルームから押し出すと、ジョルジーヌはぱんぱんと手を叩いた。
「ラル様の体調についてはー、少なくともあと三時間ほどは落ち着かれていると考えられますー。ですのでー、屋敷内の整理は、このジョルジーヌとアニーさんに任せてー、お二人は気分転換をしてきてくださいー。これは看護師としての私からの指示でもあります〜」
アニーとは料理以外の家事全般を行う使用人の愛称だった。本名はアネットという。
ジョルジーヌから看護師としての指示と言われてしまうと、ラウールたちに逆らう術はない。彼女の意図は理解できないが、指示されたとおり階段を下り、そのまま別宅の扉を出る。
玄関の庇から足を踏み出した途端、七月の午後のきつい日差しに晒された。アネットが慌ててラウールにつばの広い帽子を持ってくる。それをかぶり、オリヴィエと連れ立って歩き出した。
別宅の門を抜け、舗装されていない道に出るとオリヴィエが手を繋いできた。暑さのためだろうか。彼の掌は汗で湿っていた。
道の横には牧柵が続き、その中の草原は緩やかな丘になっている。道からも放牧されている馬を眺めることができた。
このまま道なりに進むと、トリスタンの牧場の入り口に至る。
先ほどのオリヴィエとのやりとりを思うと、ラウールはこのままそこへは行きたくなかった。自然と足が重くなる。
足が進まぬまま立ち止まり、牧柵に空いている手を乗せた。ラウールの様子に、すぐにオリヴィエも足を止め、こちらのすぐ隣に立った。だがラウールはオリヴィエへは顔を向けず、丘に目を向けた。
草原のヒバリの囀りが聞こえてくる。
人がいることに気づいたのだろうか。丘で草を食んでいた馬が数頭、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてきていた。
「ごめん、ラル」
隣からオリヴィエが謝罪をしてきた。しかしラウールはそれに返すことも、彼に目を向けることもできなかった。
そんな自分の気持ちのありようが理解できない。
最初のコメントを投稿しよう!