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今自分に起きている事態について、何も把握できていなかった昨日とは異なり、今日はもう『発作』以外については普段通りに自分を律することができると思っていた。しかしその想定は大きく外れ、未だ自分の足下はおぼつかないようだ。
大きく溜息をつきたくなる。
将来、メールソー家を継ぐためには、どのような想定外の状況にも対応できなければならないだろう。そうであるのに、ただ一人己のことについてさえも制御できかねている。
ラウールはオリヴィエが繋ぐ手を乱暴に振りほどいた。そのまま両手で帽子のつばの両端を掴み、オリヴィエから顔を隠すように俯く。
今自分が浮かべているだろう無様な表情を、彼に見られたくなかった。
日よけの帽子をかぶっていても、日陰もないこんな道ばたでは、暑さのため額に汗が滲む。不快だったが、身動きを取ることもできなかった。
「……君が、僕が考える以上に僕のことを思ってくれていたことに、驚いてしまったんだ。ラル、君は僕との約束を覚えていてくれて、そして牧場に近いこの場所を療養に選んでくれたんだよね?」
問いかけられても答えたくなかった。俯いたまま、オリヴィエから顔を逸らす。
こんな自分に対して彼が今どのような反応を示しているのか。それすらも知りたくない。草原を吹き抜ける風やヒバリの囀りで、彼が出しているに違いない溜息の音がかき消されるのは幸いだった。
だが。
突然すぐ傍からぶるるると鳴き声がしたかと思うと、思い切り帽子を引っ張られた。
「あ……!」
その力に負け、帽子から手を離してしまう。
「えっ?」
隣でオリヴィエも驚きの声を上げた。
牧柵の中からラウールの帽子を奪ったのは、額から鼻にかけて細い流星のある黒鹿毛の馬だった。彼は帽子を咥えるとすぐに速歩で走り出した。
「シーグフリード!」
彼はラウールの乗馬だった。普段であればラウールが名を呼べばすぐに傍にやってくる。しかし今日はラウールの呼びかけを無視して、そのまま走って行った。
オリヴィエも躊躇なく、牧場の入り口に向かって道を駆け出す。
彼らを追いかけてラウールも走り出した。しかし食事を摂ることができないことの影響だろうか。すぐに足がもつれ、転んでしまった。先に行きながらも、ラウールが転んだことに気づいたらしい。オリヴィエは足を止めると即座に引き返してきた。
「ラル! 大丈夫?」
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