第三話 正暦一八〇一年一月(光月) 冬の季節の、君の贈り物

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 デカルトの授業が終わった後、弟達も出て行って勉強室に二人きりになってからオリヴィエはラウールに尋ねた。  それだけの勉強をこなし、実際身につけているラウールならば、サン・ポワティエで学年首位を取ることもたやすいはずだ。けれど彼は成績優秀者ではあるけれど、今まで学年首位になったことはない。  それは何故なのだろうと思ったからだ。  オリヴィエの質問にラウールは笑った。 「君のそういうところが、僕は好きなんだ」  思わぬ回答に眉を寄せたオリヴィエにもう一度微笑むと、ラウールは小さく首を横にした。 「君は伯爵家の人なのに、子爵家の僕に対して何の隔たりも持っていないだろう?」 「大昔ならいざ知らず、今時爵位の序列なんて、公爵位以外は形骸化しているじゃないか」 「君のような考え方の人はいる。けれど実を見ず、家柄の体面ばかりを気にする人間が多いのもサン・ポワティエだ。メールソーをやっかむ者達も少なくない」  メールソーの爵位は子爵だ。  けれど実質は、それ以上の血筋を持つ家系だった。  メールソー子爵家の元は、ルクウンジュ北方ヴァロワール地方を治めるメルシエ公爵家である。  ルクウンジュにおいて貴族は嗣子以外に、たとえ本家より下位であろうとも新たに爵位を与えられることは殆どない。  しかしメールソーの初代となるメルシエの子息には何かしらの事情があったらしい。嗣子ではなかったその子が成人を迎えると、子爵位とメルシエが所有する土地の一部が与えられた。  爵位を与えられ、メールソーの姓を名乗るようになった初代はヴァロワールを離れ、王都ヴィレドコーリに出てきたのだという。そしてヤウデンとの貿易によって財を成し、王都近郊にも広大な土地を得た。それが現在メールソーの屋敷がある一帯である。  代を重ねながら、本業の貿易業をはじめとした様々な事業で収益を上げるメールソー家は、子爵家ながらも国内有数の資産を所持するようになった。またその血筋の良さから、高位の貴族との婚姻関係も多く結んでおり、今も現当主アントワーヌの叔母が南部カストル州のモンターニュ公爵家に嫁いでいる。  なによりも。  アントワーヌの妻、ラウール達兄弟の母であるイレーヌはヴェルシーズ家、すなわちルクウンジュ王家の出身だった。  並の侯爵家、伯爵家ではとても太刀打ち出来ない血統の良さだ。  イレーヌは現国王ベアトリスの末妹だ。ルクウンジュにおいて王位継承については長子優先である。そのため現在イレーヌの王位継承順位は非常に低い。だが低いといえど、ラウールも王位継承権を持っていた。  もともとの血筋の良さに加えて王族の母を持つ。そんなラウールをやっかんだり、殊更に媚びへつらう人間が多いことをオリヴィエも知っていた。  サン・ポワティエ学院に入学したときから、傍観者としてラウールを取り巻く人間達のことを醒めた目で見てきたのだ。
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