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あの夏の夜の夢は、彼の欠片。
──けど、それだけでもう十分なんだ。
それ以上を求める心など、とっくの昔に殺してしまった。自分のこんな心の内を、ラウールは知らない。
細心の注意を払い、ずっと知られないようにしてきた。
それが今、彼は一体何を望んでいるというのだろう。
これは一人で考えても埒が明かない問題だ。彼の機嫌を損ねている今、無駄に時間を費やしたくはない。
両頬をぱちんと叩いて気を取り直すと、オリヴィエは小走りで次の間の扉に向かった。
ノックをせずに扉を開く。
ラウールは洗面台で顔を洗っていた。
扉口からその横顔に訊く。
「ラル。僕にはやはり解らない。君にとって大切なものはメールソーだろう? だからこそ君は結婚を選び、クロエとの間に子供を作った。そのことは僕も重々理解しているし、貴族の当主として正しいあり方だと考えている。だけど、リオンヌの名前抜きで僕が君と一緒にいて何になる? メールソーの家の益にならないだけでなく、何にもならないよ」
オリヴィエの言葉を聞きながら、ラウールは蛇口を閉め、水が滴る顔をタオルで拭った。口許をタオルで押さえながら横目でオリヴィエを見やる。しかしすぐに視線を逸らして洗面台の鏡に向いた。
鏡を見ながら大きく息をつく。
「……弟たちに言われた」
オリヴィエは扉を閉めてラウールの傍へ近づいた。
「弟たち? ……ギュスとアル?」
「ああ」
メールソーは五人兄弟だ。ラウールから順にギュスターヴ、アルベール、ニコラ、そして自分たちが出会った頃にはまだ生まれていなかった、今年王立学院高等部二年生のテレーズ。
現在ニコラ以外の四人が王都にいる。
あの日、オリヴィエの元にラウールを連れてきたのはアルベールだった。
年嵩の二人は、長兄に一体何を言ったのだろう。
促したオリヴィエに、ラウールは再度息をついた。
「メールソーの当主ではなく、『私』の道を示すと」
「君の道?」
「……ああ。そう言って連れて行かれたのがおまえの部屋だ。そして私もそれを拒まなかった。──……拒めなかった」
鏡から視線を離さないラウールの最後の一言は殆ど囁き声だった。
彼の微かな告白にオリヴィエは手で顔を押さえながら天を仰いだ。
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