自販機の前、靴箱の後ろ

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 コモンホールという、廊下を少し広げたような共用のホールを通りすぎて扉を開けると、屋外の渡り廊下へとつながっている。そのまま真っ直ぐ進むと学生食堂、右側へ曲がると音楽室や美術室のある芸術棟へ行くことができる。  渡り廊下目指して歩くと、校舎用スリッパの小気味よい音が勢いよく響いて気分がよくなり、少し小走りになった。コモンホールは四階までの吹き抜けになっており、見上げると、二階の三年生、三階の二年生、四階の一年生の生徒たちがまばらに散らばっている姿がちらほらと見えた。  この高校の生徒、二年五組の新城(しんじょう)真琴(まこと)は、渡り廊下への扉を開けるが、それを渡ることなく、すぐ右側にある自販機の前で立ち止まった。財布から小銭を取り出し、自販機に百円玉と十円玉を入れるが、あることに気がつく。 (まさか……お金がない!)  あと十円足りないのだ。紙パックの大容量フルーツジュースがほしいのに、これでは百十円のお茶か牛乳か甘ったるいコーヒー牛乳しか買えない。コーヒー牛乳ではなく、多少苦味のあるカフェオレならまだよかったが、そちらも百二十円。同じ百二十円ならビックサイズのフルーツジュースが今は何より優先される。  財布の奥までのぞき、指を突っ込んで十円玉を探すが、五円玉しか見つからない。仕方なく千円札を崩そうかと考えたが、まさかの五千円札しか入っていない。お財布に五千円も入っていること自体珍しいのに、何でこんなときに限って!と肩を落としたそのときだった。  ガチャリと小銭を入れる音が聞こえて顔を上げると、そこには見たことのないような、美しい滑らかな肌とそびえる高い鼻が見えた。この距離で毛穴も見えず、まさか化粧をしているのだろうかと訝しむが、どんなに目を凝らしてもその気配は全く感じられなかった。  なぜかわからないがエジプトのスフィンクスを彷彿とさせる。似ているというわけではないが、堂々たる佇まいのせいだろうか。  
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