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「消すか」
今日の目的を果たすため、黒板消しを片手に、黒板の前に立った。でも、腕を上げたところで、それ以上ができなかった。
卒業式の日に黒板はきれいにした。だから、今ここにある文字は元部長が卒業してから、学校に忍び込んで残した「作品」だろう。自由にもほどがあり、呆れるが、この学校での最後の作品と考えると消すのがためらわれた。
ひとまず他を片付けようと腕を下ろしたところで、先月も、元部長の黒板へのラクガキを消したことを思い出した。
花を制服の胸に付け、髪を綺麗に整えた元部長。卒業式用に着飾ったその姿はいつもと違っていて落ち着かない気持ちになったが、「カッカッ」と、チョークを使うにはいささか派手な音を立て、美術室で音符を描く元部長はいつも通りで安心した。
「ハイチーズ」と、元部長のクラス担任による校庭での記念撮影の声に、一切反応することもなく、その踊り跳ねる動きに呼応した躍動感あふれる楽譜を描ききった。作品について尋ねてみたところ、楽譜は「ドレミの歌」を基本にしているが、「カッカッ」という擬音を表現した作品だったようだ。
描き終わって満足したのか「もう消していい」と「この音階を胸に新年度を迎えてほしい」と言付かった。説明不足で理解ができなかったので聞き返したが、「春休みの宿題」とされ「答えがわかったら連絡しなさい」と追加指示を受ける。
黒板をきれいにし終えた後、卒業祝いに連れ出されて日が暮れるまでファミレスで騒いだ(元部長の話のみ)ことは、まだ鮮明に覚えている。
改めて文字を眺める。カタカナで「ソレカラ」と描かれていて平仮名の「それから」とは違う意味なのだろう。なぜなら「なぜそれで描くのか?」が元部長の口癖だったからだ。この、元部長の拘りのわかる最たる作品として「空」がある。
当初は絵画として紙に描かれていたが、ある日急に校庭に飛び出し、砂に雲を描き始めた。「こっちの方が消えやすい」とのこと。
雲の常に移り変わる様だけでなく、屋外であるからこそ、描かれた雲と比較するために見上げたそこにある「空」を表現したかったのだと、分かった。それを伝えると「なぜこれがわかるのに他がわからん」と不機嫌そうにコメントをもらったのが懐かしい。
そんなこだわりを持っていた元部長だからこそ、「それから」ではなく「ソレカラ」という文字自体に意味があると思う。万が一にも「それから」と問いかけられているのであれば、さみしいと答えるだけだ。
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