身分秘匿捜査官

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「ロニー。来てくれ」 スミス警部補が呼んでいる。 俺は彼のオフィスへ。デスクの向こう側のスミスは目も合わせない。 デスクの上には、厚く膨らんだ封筒がひとつ。 「用件は何です」嫌な予感がする。 「(おとり)捜査費用の八万ドルに関してだ」 「ゴメスとカサノバの一味との取り引きは明日ですよ。カネを用意出来なければ、これまでの苦労がぜんぶ水の泡だ」 「用意は出来た。ただし」 嫌な予感は的中なのか。 「ロサンゼルス市当局が用意した金額は一万ドルだ」 話にならない。 「ゴメスは八万ドルの取り引きをするつもりでいるんだ。たった一万ドルでどうしろと」 スミスは、初めて目を合わせた。 「囮捜査とはいえ、血税を大っぴらに麻薬取引に使うわけには行かんのだ。それが市当局の見解だ。わかるだろう」 俺は頭を抱え込んだ。 「わかりませんね。約束のカネを用意出来なければ取り引きそのものが成立しない。成立したとしても、カネが足りないとバレた時点で俺と相棒のジャックはあの世行きだ。あれほど頼んだじゃありませんか。本気で市に掛け合ってくれと」 「まともに仕事をしてるのはこの世で自分ひとりだけか? 私は誠心誠意、心を込めて、全力で申請したさ。だが、こちらの思惑通りの結果にはならなかった。その事実は動かない。とにかく予算は一万ドルだ。キミも麻薬捜査課の刑事なら、手持ちの(ふだ)でどうにかしたまえ」 「どうやって」 「一万ドルを八万ドルに見せかけるとか、工夫すればいい。それとも、大学を出てないキミには無理か?」 話しにならぬ。 これ以上ここで議論を重ねても、時間の無駄としか思えない。俺は一万ドルの札束の入った封筒を引ったくると、スミスのオフィスを飛び出した。
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