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「つまりだな、ここにいるほとんどは俺と同年代か下が多いか。ええっと、じゃあ、篠田サン。篠田サンってもう結構な歳いってますよね?」
見たところこれまでの話で、唯一といっていいほどに何の反応も見せなかった見学者に話を振る。少しおちゃらけたように話し掛けたのは、篠田という男の持つ不可思議な凄みのようなものを感じていたからこそ、自分のペースを作りたいというのがあった。
「……どういう事でしょうか」
駄目だ、よく響く低い声に、このテンションのまま続けるのはさすがに出来そうにない。社会人として、ではなく本能的に。
「言い方が悪かったですね、申し訳ないです。あの、インターネットとかない時代、知ってます?」
「私の若い頃はあまり周囲には浸透していませんでしたね」
「ならわかりますか、色々な昔話を漁って知ったんだけど、ネットがなかった頃、ガキは裏山とか河川敷とかにエロ本を拾いに行ってたってエピソード」
「何が言いたいんですか」
「話はここからです。ちょ、わけわかんなくてボケっとしてる他の連中もちゃんと聞いてくれよな。
昔、俺らの世代よりだいぶ前、思春期の少年たちは女の裸を見る為に一部の品揃え豊富な本屋とかに行くしか手段がなかった。もしくは親の隠し本棚の中とかな。
そうやって、数少ない女体のプリントされた画像っていうやつを必死に若い連中はスリルをかいくぐって探し求めて、何人もの手垢がついた本を貸し合って、好みでもないけどとりあえず裸か下着の女のページが数枚あるのを見て必死に想像力を働かせたんだと」
大部分の出席者は、エロ本だとかいった話の唐突な出現にクエスチョンマークを頭に付けたままだったが、影が薄くて忘れていたが篠田以上のベテランにあたるサーバエンジニアの細根は思い当たる節があるのか、複雑な表情をしていた。勿論、暗い部屋で表情を完全に読み取るのは難しいのでそう見えただけかもしれないが。
「今はもう、ネットのおかげで家の中で世界中の女の裸を探せるようになった。パソコンだって1人何台も持てる時代で、なんなら自分用のパソコンをあえて持たない若い連中も、スマホとかで超画質の映像がいくらでも観れる」
それが当たり前だろ、と言わんばかりの同年代の顔を一通り見渡す。
「今はいくらでも刺激を得る事が出来る。努力なんか必要ない。そんな世の中になっちまった時点で人間の脳はどんどんおかしくなっていっちまうと思わねえか?」
この問いかけに対して、沈黙が支配する。知らない世代の人間に対してその事をイメージさせる事自体が難しいのは重々承知している。
「なかなかこの企画の本質を伝えるまでに遠回りが続いて申し訳なく思う。
この企画は、企画そのものよりもその意義というものをしっかりと共有しないとやる意味がなくなってしまうんだ。
さて、ここでそろそろ眠くなってきた諸君に、ちょっと刺激物を投下」
エンジニアに声を掛けると同時に彼はカチャカチャと手元のパソコンを操作する。
『プレゼンは終了』の表示のまま止まっていたスクリーンに、唐突に数本のアダルトビデオとみられるジャケットが表示された。
単調な色が急に派手なイエローやピンクに変わったせいで海田自身も一瞬目がクラっとする。
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