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序 不死身の代償
満開の桜の木の下で、二人の男が並んで花見をしていた。
美しい顔立ちの青年が、隣の男に徳利を傾ける。
青年の髪はまるで、女のように長い。着物も派手な女物だった。細められた目に薄い唇、そしてそこからは艶のある声色が漏れる。
「それじゃア、おれたちの役者人生三百年を祝って……」
青年はにこりとした。
「乾杯!」
互いの杯の中で酒が揺蕩う。
もう一方の男は大柄で、袈裟を着ており僧侶のような風貌をしていた。
彼は一気に盃を煽ると、「かーっ!!」と旨そうに唸り声をあげた。
「やはり、お嬢の用意してくれる酒は最高だな!!」
「ふふ、兄貴に気に入ってもらえて良かった~♪」
お嬢、と呼ばれた青年の涼しい顔に、ひらひらと桜の花びらが舞い落ちる。彼はそれを見ながら髪をかきあげると、「それにしてもサ、」と言う。
「『役者人生三百年』って、律儀に数えてるおれたちも笑っちゃうよね」
「三百年も生を共にして、喧嘩のひとつもないというのも珍しいがな」
「それは、兄貴がおれにとって最高の相棒だからさぁ」
お嬢が「兄貴」と呼ぶ男――――和尚吉三に擦り寄ると、彼のほうもまんざらではなさそうだった。
「……おれは、兄貴がいなかったら今頃どうにかなってたよ」
「?」
少し声を落としたお嬢に、和尚は顔を向ける。
「だって、兄貴はおれと同じ『役者』だから、おれは兄貴を安心して愛せる。けど、もしひとりぼっちのまま、三百年も暮らすって考えたら……」
お嬢の顔が笑ったまま歪んだ。
「そんなの、死ぬより地獄だよ」
その言葉に、和尚は腕組みをして考えた。
「……そうだな。だが俺たちの周りにはいつも、街の人々がいる。彼らとは、長らく共にいることはできないが、俺たちの世界を賑やかにしてくれる」
現に和尚の視線の先、川の向こうの桜並木には、市井の者たちが大勢で花見をしているのが見えた。
「それは気休めでしかないサ。だって人間はすぐに死んじゃうもん」
お嬢は和尚の肩に頭を預けながら言う。
「おれは絶対ね、向こう一生、人間なんか愛さないよ……」
お嬢が細い指を出した先に、桜の花びらがひらりと落ちた。
「この桜よりも儚い命を持った人間なんて、愛しちまったら終わりだよ。おれは、置いて行かれるなんて耐えられない」
彼が見つめる先にあったのは、綺麗に咲き誇る花々などではなく、その先に広がっている長い人生という虚空だった。
「ねえ和尚。おれたち役者は、悲しい存在だと思わないかい。永遠の命を与えられたのに、人を愛することに怯えて……死ぬこともできないまま、浮世を彷徨い続ける」
和尚の隣で、彼は静かに言った。
「役者の生ってのは……神が与えた、罰なのかなア」
その問いに、和尚は黙ったまま答えなかった。ただ何かを思案しているようだった。
残酷なほど美しいその光景は、彼らにとってはほんの刹那の、とるに足らない一瞬でしかない。
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