第二章 『盗賊』対『盗賊』

6/10
前へ
/53ページ
次へ
 和尚と力丸さんを見れば、二人とも身体にところどころ傷がある。刃物で斬られたような傷口や、殴り合ったような痕。  その様子からして、二人は既にここでかなりの間、刃を交えていたのだろう。  和尚が言う。 「こりゃあ、ちょうどよかった。お嬢、ちょっとばかし力を貸してくんねえか。俺ぁまだまだ暴れ足りないみたいだ」  そうして屋根から落下してきたお嬢の手を取り、助け起こす。  俺と、菊之助、十三郎は、それとなく力丸さんの方に固まる。 ――――とその時、またもや予想もしてないことが起こった。  突如地面がゴゴゴゴッと鳴り始め、足元が怪しく光りだしたのだ。 「うわっ!?」  紫色の光と共に、地面に呪術の陣が次々と現れる。まるで波紋のように、いくつもいくつも。  不気味だ、と思うと同時に、俺はハッとした。 (これ……藤子さんが攫われたときに、森で見たのと同じ!?)  少し前、寛和に誘拐された藤子さんを助けに、菊之助と森に入ったとき。  地面に巨大な呪術陣が現れ、それによって狂化された鬼たちに俺は追われた。  あのとき菊之助がいなければ、殺されていたかもしれなかったのだ。  俺はとっさに声をあげた。 「これ、たぶん兄ちゃんが出してる術だ……!! みんな気をつけて!!」  それに力丸さんが反応する。 「何だって、これを彼が……」  彼は瞬時に思考を巡らせたようで、十三郎に向かって言った。 「十三郎。お前は寛和を探しにいってくれ。このような術を使っているとなると、離れている親方や利平のほうが気がかりだ。こっちは人数がいるから大丈夫だ、あとから俺たちも合流する」 「そっか、そうだよね……わかった!」  十三郎は二つ返事で駆け出すと、 「力丸たちも気をつけてね!」  と言い残してあっという間に走り去った。 「っつーことは、こいつらの相手は俺たちだな」  菊之助が顔を手で拭い、立ち上がる。  力丸さんと菊之助、そして俺は、和尚とお嬢の二人と対峙することになった。  だが、そこでも更に異変が起こる。  地面に敷かれた呪術の陣から稲妻が走り、和尚とお嬢を取り囲み始める。 「チッ、寛和の奴め、俺とお嬢を更に洗脳させる気か……」  和尚の様子は以前とさほど変わらなかった。  しかしお嬢はというと、徐々に目から生気が失われていき、だらりと両腕を垂らして項垂れていく。まるで力を誰かに吸い取られたかのように。 (何だ? 様子が変わった……)  お嬢の身体にバチバチ!!! と稲妻が強く走る。  再びお嬢が顔をあげた。 「……憎い……」  まるでうわごとのように、お嬢は呟いた。 「あいつのせいだ」  その目には憎悪、目の前のことが見えていないかのようにどこかを見つめ、「あいつの、あいつのせいだ、あいつの、」と口にする。 「あいつが、おれの、おれたちの全てを壊した……!! どうして、奪われた、奪われなきゃならない、何もかも、遅かった、おれは何もできなかった……!!」  一体何の話なのか、誰に語りかけているのか。  あるいはここにいる者への叫びではないのか。 「許せない、おれの存在に、もう意味はない、あいつなんかに、奪われて、誰も、許せない、おれはおれを、許せない、許せない、許せない……!!」  頭をかきむしり、叫びだすお嬢。  憔悴しきったような瞳には、何も映っていない。 「壊れちまえばいい……おれたちを裏切った世界を、消す、おれごと全部、全部!!」  そして、次にその目は俺を捕らえた。  呪いと狂気を持ったまま、まるで獣のようにお嬢は俺にとびかかった。 「死ね!!」  馬乗りになられ押さえつけられ、首に手をかけられそうになる。  驚いた菊之助が俺からお嬢を引き剥がそうとするが、引き剥がしても何度も何度も食らいついてきて、そこには何の戦法も作法もない。  さっきまでの、屋根の上で十三郎たちと戦っていたときの面影がなくなっている。  ただの獰猛な生き物が、まるで憑りつかれたかのように俺を殺そうとしていた。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加