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和尚と力丸さんを見れば、二人とも身体にところどころ傷がある。刃物で斬られたような傷口や、殴り合ったような痕。
その様子からして、二人は既にここでかなりの間、刃を交えていたのだろう。
和尚が言う。
「こりゃあ、ちょうどよかった。お嬢、ちょっとばかし力を貸してくんねえか。俺ぁまだまだ暴れ足りないみたいだ」
そうして屋根から落下してきたお嬢の手を取り、助け起こす。
俺と、菊之助、十三郎は、それとなく力丸さんの方に固まる。
――――とその時、またもや予想もしてないことが起こった。
突如地面がゴゴゴゴッと鳴り始め、足元が怪しく光りだしたのだ。
「うわっ!?」
紫色の光と共に、地面に呪術の陣が次々と現れる。まるで波紋のように、いくつもいくつも。
不気味だ、と思うと同時に、俺はハッとした。
(これ……藤子さんが攫われたときに、森で見たのと同じ!?)
少し前、寛和に誘拐された藤子さんを助けに、菊之助と森に入ったとき。
地面に巨大な呪術陣が現れ、それによって狂化された鬼たちに俺は追われた。
あのとき菊之助がいなければ、殺されていたかもしれなかったのだ。
俺はとっさに声をあげた。
「これ、たぶん兄ちゃんが出してる術だ……!! みんな気をつけて!!」
それに力丸さんが反応する。
「何だって、これを彼が……」
彼は瞬時に思考を巡らせたようで、十三郎に向かって言った。
「十三郎。お前は寛和を探しにいってくれ。このような術を使っているとなると、離れている親方や利平のほうが気がかりだ。こっちは人数がいるから大丈夫だ、あとから俺たちも合流する」
「そっか、そうだよね……わかった!」
十三郎は二つ返事で駆け出すと、
「力丸たちも気をつけてね!」
と言い残してあっという間に走り去った。
「っつーことは、こいつらの相手は俺たちだな」
菊之助が顔を手で拭い、立ち上がる。
力丸さんと菊之助、そして俺は、和尚とお嬢の二人と対峙することになった。
だが、そこでも更に異変が起こる。
地面に敷かれた呪術の陣から稲妻が走り、和尚とお嬢を取り囲み始める。
「チッ、寛和の奴め、俺とお嬢を更に洗脳させる気か……」
和尚の様子は以前とさほど変わらなかった。
しかしお嬢はというと、徐々に目から生気が失われていき、だらりと両腕を垂らして項垂れていく。まるで力を誰かに吸い取られたかのように。
(何だ? 様子が変わった……)
お嬢の身体にバチバチ!!! と稲妻が強く走る。
再びお嬢が顔をあげた。
「……憎い……」
まるでうわごとのように、お嬢は呟いた。
「あいつのせいだ」
その目には憎悪、目の前のことが見えていないかのようにどこかを見つめ、「あいつの、あいつのせいだ、あいつの、」と口にする。
「あいつが、おれの、おれたちの全てを壊した……!! どうして、奪われた、奪われなきゃならない、何もかも、遅かった、おれは何もできなかった……!!」
一体何の話なのか、誰に語りかけているのか。
あるいはここにいる者への叫びではないのか。
「許せない、おれの存在に、もう意味はない、あいつなんかに、奪われて、誰も、許せない、おれはおれを、許せない、許せない、許せない……!!」
頭をかきむしり、叫びだすお嬢。
憔悴しきったような瞳には、何も映っていない。
「壊れちまえばいい……おれたちを裏切った世界を、消す、おれごと全部、全部!!」
そして、次にその目は俺を捕らえた。
呪いと狂気を持ったまま、まるで獣のようにお嬢は俺にとびかかった。
「死ね!!」
馬乗りになられ押さえつけられ、首に手をかけられそうになる。
驚いた菊之助が俺からお嬢を引き剥がそうとするが、引き剥がしても何度も何度も食らいついてきて、そこには何の戦法も作法もない。
さっきまでの、屋根の上で十三郎たちと戦っていたときの面影がなくなっている。
ただの獰猛な生き物が、まるで憑りつかれたかのように俺を殺そうとしていた。
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