第二章 『盗賊』対『盗賊』

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「おい!! こいつ、いきなりどうしちまったんだよ!!」  菊之助が怒鳴りながらお嬢を止めようとする。しかし狂ってしまったお嬢はなおも猛攻を続けてくる。  和尚が言った。 「見ただろう。『それ』がお嬢を突き動かす正体……すなわち、お嬢が鬼となった理由よ」  ハッ、と乾いた笑い声を漏らすと、両手に二つの鉈を握りしめる。 「俺にお嬢を止める力があればと思うが、今はそれも無理だ。何せ、身体が言うことを聞かないのでな!!」  ぐわりと鉈を振り上げ、猛然と斬りかかってくる。ガァン!!と激しい音を立ててそれを受け止めたのは、力丸さんの刀だった。 「……なるほど。あなたは、お嬢を止めようとしているのだな」  力技で鉈を跳ね返し、今度は逆に刀を振り下ろす。また受け止められる。  力丸さんと和尚吉三、どちらも筋力とパワーで圧しきるタイプだ。ガンガンガンと連続して激しい攻防が続く。  しかし、わずかな差で力丸さんが押され始めた。 「は、そんなものか。白波五人衆というのは」  ガキィン!! と刃がぶつかりあう。  刀を弾いたのは和尚の鉈だった。力丸さんの身体が押し戻される。 「おぬしらは自らを『義賊』と言ったか……甘いな。賊として、おぬしらはあまりにも綺麗すぎる」  がっ、と二本の鉈を構え、刃が月光にぬらぬらと照らされる。  和尚は悪どい笑みを浮かべた。 「その程度では、寛和には勝てん。俺もお嬢も止められんだろう」  その様子に、力丸さんがム……と眉を寄せる。  と、そのとき、固いもの同士がぶつかるような鈍い音がした。  ゴッ!!、という音と共に、お嬢吉三がその場に倒れ伏す。 「ッ、痛ってえ~~~わこれ!!」  俺の隣で、菊之助が額を抑えていた。 「はあ、頭突きしたら意識失いやがった。これでもう、ぎゃんぎゃん噛みつかれることもねえ」  仰向けに倒れたお嬢の額も赤くなっている。 「良かった、これでひとまず大丈夫かな……」  俺もほっと胸をなでおろした。  すると、菊之助は和尚に向かって言った。 「てめえ、弟分の管理もできねえのかよ! 兄貴なんだろ!! しっかりしろよ、こいつ危ねえだろ!!」  その言葉に一瞬、和尚の目が見開かれる。  その隙をついて、力丸さんが刀を和尚の腹めがけて突き込んだ。 「ぐっ……!?」  鉈で防がれたが、力丸さんは構わず押し込む。 「菊之助の言う通りだ。和尚吉三、あなたは人に任せて自分の責務を怠っている」 「な、!?」 「お嬢吉三を止めてほしい? 俺たちを倒してくれ? 何故、全て他人任せなんだ。あなた自身が事を動かす力は持っていないのか」  力丸さんの言葉に、和尚は反論する。 「……そうは言っても俺ぁ寛和に操られて身体の自由が効かない、今も寛和に更に強いまじないをかけられれば、お嬢のようになるのが目に見えている……!!」  それを聞いた力丸さんの目がスッと細まった。 「本当にそうなのか。お嬢吉三を救う相手は、本当に俺たちなのか?」  ギリギリギリと、彼の刀が徐々に鉈を押し返していく。 「まだ言葉を交わすことができる、その有り様で、なおも俺たちの敵として振舞おうとする、そこに矛盾が生じている。あなたの本当の敵は一体、誰なんだ」  彼は続けた。 「お嬢を一番に想うなら、あなた自身が戦えばいい。和尚吉三、あなたには、その力がある」 「――――!!」  和尚は力ずくで刀を振り払った。  しかし、何かを悟ったような顔をして、半ば呆然としたまま立ちすくむ。    ややあって、彼は尋ねた。 「……南郷力丸」  彼は男の名を呼んだ。 「今、『俺に力がある』と言ったな。お前には、何故それがわかる」 「それは」  力丸さんは答えた。 「俺も、同じだからだ。弟分に対する、役目を背負った者として」  彼は静かにそう言って、少しだけ菊之助のほうを見た。  ほんの一瞬、静けさが生まれ、そこに停戦の空気が流れる。  そう思ったが、突如それは爆音によってかき消された。  寺院の中から激しい音がして、爆風と共に障子や扉が吹き飛ばされる。  それと同時に、人が外へと投げ出されるのが見えた。  爆発で飛ばされた人影は、力丸さんや菊之助と同じ、紫の地に波模様の入った着物姿。 (なっ……!?)  その異変に、俺たちは寺院めがけて走り出した。
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