第一章 偽りの三人組

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第一章 偽りの三人組

 ――――ようやく目が冴え始めた。  ここは一体どこだ。  今が夜であることは確か、場所は……俺にもわからない。  俺はほんのちょっと前まで、木挽町にいたはずだった。親方に、呪術道具の買い出しを頼まれていたのだ。  その道の途中で、俺は一人の女の人を助けた。そしたらその女の人にいきなり騙されて、意識を失い、攫われて……。  おまけに俺を攫ったそいつは女ではなくて男だった。それに『役者』。令和座の人間じゃない、知らない役者だ。そいつに担ぎ上げられるようにして連れてこられて、俺は今、どこかもわからない場所にいる。  腕をうしろで縛りあげられ、冷たい床板に座らされている。屋内だが、当然電気もついていないので薄暗い。  目の前には俺を攫った女……いや、男が立っている。こちらも顔色は伺えない。  そしてその後ろには、蝋燭にぼんやりと照らされた仏像があった。仏さまは静かにそこに佇んでいて、その表情が今は不気味だ。 周りには燭台、壇の向こうからは線香みたいな匂いがする。それにこの広さ、雰囲気からして、ここは――――。 (寺、なのか……?)  ぴちゃり、ぴちゃり、と、雨漏りのような水音がどこかから聞こえる。  そのとき、仏様の背後からぬっと、別の男が這い出た。 (っ!?)  思わず叫び声をあげそうになった。隠し扉でもあるんだろうか。  その男は坊主頭で、背が高くがっしりしている。お坊さんの袈裟みたいな服、なのに目つきは獰猛で、肌は日に焼けていて、ガラが悪そうだった。 「お嬢。こいつぁ誰だ?」  ぎろりとした目で見降ろされ、それに俺を攫った男が答えた。 「寛和の弟? みたいだよ。だって顔が良く似てるじゃん」  それを聞いた坊主頭が、俺にずいと顔を近づける。 「……なるほどな。小僧、名はなんという」  俺もそれにすぐに答えるほど馬鹿じゃない。 「名前を聞くなら、まずそっちからだろ」  俺の言葉に坊主は「へえ」と言うと、腕を頭の後ろで組み柱にもたれかかった。 「俺は和尚(おしょう)。『三人吉三(さんにんきちさ)』のうちの一人、和尚吉三(おしょうきちさ)だ。しかし、俺たちのことを知らないとなると、お前もやはり別世界から来た人間のようだな。寛和のように」  と、彼もまた俺の兄の名前を言った。  坊主姿の和尚吉三は、受け答えこそまともなものの、明らかにならず者といった怖いオーラがある。僧侶の姿の癖に、その腕っぷしで敵を捻り潰してしまいそうだ。  和尚は隣を手で指し示した。 「俺には弟分みたいなのがいてな。それが、こっちの『お嬢吉三(おじょうきちさ)』だ」  お嬢吉三と呼ばれたその男は、なるほど、「お嬢」という名にふさわしい姿だった。  艶のある黒髪、華奢で女っぽく、色白で口紅は真っ赤。 『女装した男の役者』という意味では、あの弁天小僧菊之助と似ている。だけど、菊之助のほうが言っちゃ悪いけど子供っぽくて、こっちのお嬢吉三は『大人っぽい女の人』というか、纏っている色気……みたいなやつが違った。しなやかな動き方とか、どこから見ても完全に女性だ。だけど目つきは菊之助よりも何倍も残忍で、口調は遊んでるのに何をも許してくれなそうな怖さがある。  お嬢吉三は微笑みながら手をひらひらさせた。 「おれたちは『三人吉三』のうち二人……兄貴とおれは、運命共同体みたいなもんサ」  さんにんきちさ。  おそらく菊之助たちの『白波五人男』みたいなチーム名と同じだろう。だけど、俺はそのときあることが引っ掛かった。 「……『三人』吉三なのに、二人なんだ」  俺の疑問に和尚が口を開いた。 「ごもっともだな。俺たち三人吉三にはもう一人、『お坊吉三(おぼうきちさ)』という役が存在する。『お嬢吉三』、『お坊吉三』そして『和尚吉三』――――この三人をもってして、三人吉三という組は完全体となる」 「でも、『お坊吉三』の役だけは、長年その座が空いちまってんだ。役にふさわしい人物が、見つかってねえんだよ」  引き継いだのはお嬢だった。 「先代の『お坊吉三』がいたのは、もう何百年も前。それから何故か、次の代のお坊吉三が拝命されない。役者ってのは天からの預かりものだからね、そういうこともたまにあるのサ」  更に和尚が続ける。 「だがな、その『お坊吉三』の代わりにでもなってくれるって気概の奴が、ここにはいてよ……なあ、寛和?」  和尚が『そこにいる誰か』に向かって問いかけている。  その名前が呼ばれた瞬間、背筋が凍った。 「そこにいるのだろう?」  和尚の問いかけに、空間がぐわりと歪む。  黒い煙が形をなし、和尚とお嬢の間に彼は姿を現した。 「…………」  面と向かって対峙するのは、あの『からくり座』の大舞台のとき以来だ。  あのとき、俺は寛和に、殺されかけている。  目を見開いたまま固まってしまった俺を、寛和は一瞥した。  が、さほど興味もない様子で和尚のほうを向いた。 「ねえ。和尚はさ、ちょっと勘違いしてるかもね」  寛和が着物の懐から取り出したのは、見覚えのある形をした『札』。  それが二枚。片方には『お嬢吉三』、もう片方には『和尚吉三』と書いてある。 (あの二人の、札……!?)  寛和は札を手に持って言った。 「俺はお前らのチームに入ってあげたんじゃない。俺がお前らを手下にしてやったんだ。それに、俺はわざわざその『お坊吉三』の代わりをしてやってるわけじゃないよ。俺たちは、対等とかじゃないんだよね」  寛和が札を眺めたまま、目を細める。その様子に和尚が動揺した。 「待て! 寛和、お嬢もいるのに今ここでそれはやめ――――」 「黙れ。うるさい」  寛和が念じると、両手から黒い靄が現れ、びりびりと彼の周囲の空気が振動した。  二枚の札はどすぐろい煙で覆われていく。  その瞬間、お嬢と和尚の様子がおかしくなった。目が虚ろになり、意識を失うかのようにがくりとこうべを垂れる。まるで糸の切れた操り人形みたいだ。 「『お坊吉三』の代わり、ね。その発想はあんまりなかったけど」  そして、お嬢と和尚が再び顔をあげたとき、そこに元の二人の面影はなかった。  ぎらぎらとしたその目はただの『異形』のそれで、二人の頭からは、寛和と同じ二本の角が、生えている。  理性のない鬼となった彼らはもう、俺のことを獲物としか捉えていない。  俺が後ずさりをする前に、寛和は鬼となった二人のことを愛おしそうに撫でながら言った。 「この二人に俺を加えて――――『新生・三人吉三』っていうのもいいかもねえ」  その歪な三人組は、ある意味完璧だった。主人である寛和は、まるで二体の獣を手なずけるかのようにして、二人を俺の元へ向かわせた。
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