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もといた寺から投げ出され、裏手に連れられて行く。
俺が投げ出された場所は、暗い墓場だった。
墓石と卒塔婆がずらりと並ぶなか、俺はなおも縄で縛られて動けずにいる。
縄は呪符とまとめて俺の身体に巻きつかれていて、役者の力さえもそれに遮られて発揮することができない。
目の前には寛和と、理性を抜き取られたお嬢と和尚がいる。
寛和が俺に言った。
「五郎。自分の『札』を身体から抜き取って、俺に渡して。大人しく従えば、二人の餌食にはしないよ」
俺はしばらく黙っていたのち、「……嫌だ」と答える。
「じゃあその代わりでもいいから、他の役者たちが潜んでる場所を教えて。隠れ家があるんでしょ?」
「教えない」
「…………」
寛和はすっと無表情になった。
「めんどくさ」
そして、和尚とお嬢のほうを向く。
「お嬢。お前の獲物で五郎の身体に傷をつけろ。それで吐かせればいい」
すると、お嬢は爛爛と光る目をこちらに向けた。ゆっくりと、その懐から何かが取り出され……
ガチャリ、と俺の前に向けられたのは、
黒光りする小型の銃だった。
(え!?)
刀で戦うこの世界に、拳銃はもともとないはずだ。なんでそんなものを持ってるんだ……!?
お嬢は無言のまま、至近距離で俺の身体に照準を合わせた。
「ま、待って!」
俺の叫びに、銃を構えたままのお嬢が止まる。
今現在、身の危険にさらされてるっていうのに、俺にはどうしても聞かなきゃいけないことがあった。
「お嬢吉三と、和尚吉三は、元は役者だったんだよね……? どうして、寛和の仲間になっちゃったの……!?」
俺の脳裏に浮かんだのは、菊之助、親方、そして藤子さんの顔だった。
あんなにやさしい人たちだっているのに、なのにどうしてこの二人は。
鬼になってしまったんだ。
「俺の知ってる『役者』は、そんなんじゃない……!」
その声に、お嬢がふっと口を開いた。
「――――なぜ鬼となったか?
おれが、そいつの憎しみに共鳴したからさ」
お嬢は目を見開いたまま、寛和のほうを見ていた。
「そいつの抱える憎しみは、おれの抱えるそれによく似ていた。いや、同じだった。そんならどうせ捨てるこの役者の生、あげちまっても惜しくはなかったんだよ……」
役者の生を捨てる?
どういうことだ?
わからなかったが、このお嬢は寛和の何かに共感していたのだろうか。
だったらどうして?
「お前みたいな、ガキで、しかも人間風情の奴になんか、わかりゃしねえよ」
俺の心を読んだみたいにして、お嬢は言った。
「わかってたまるかっつーんだよ。このおれの、おれのことなんてさあ……!!」
突然声を荒げると、お嬢は再び乱暴に、俺に向かって銃口を向けた。
その様子に、一瞬だけ和尚の顔がハッとした。
「お嬢、頼む落ち着いてくれ。撃つな。……その役目は俺がやる」
和尚はどうやら僅かに理性を取り戻しているみたいだ。目が狂気をはらんでいない。
「そんなことで、お前が手を汚さなくてもいい」
彼の声にお嬢は反応すると、人形みたいにふつりと腕を下げ、あっさり引き下がった。
和尚は墓場の土に刺さっていた鉈をずるりと引き抜いた。
そして、厳しい顔をして俺の前に立つ。
「寛和の弟。名はなんという」
和尚は再び俺に尋ねた。
「……木下、五郎」
それを聞いた彼は、眉間に皺が寄るほど深く目をつぶった。
「聞け、五郎。お前のような、何も知らない人間を傷つけるという非道、かつての役者の俺ならばできるわけがない」
和尚の額は汗ばみ、徐々に鉈を持つ手に力がこもっていく。
「だがもう、身体が言うことをきかんのだ。もはや俺は鬼だ。俺たちは、寛和によって作られたひとでなしだ」
背後で、寛和が和尚に向かって手をあげているのが見えた。
するとまじないがかかったかのように、和尚の身体が黒い靄で包まれていく。
「……く、うぐ……っ!!!」
彼の微かに残っていた理性が消えようとしているのが、俺にでもわかる。
「……兄の手下に斬られるなんて、これほどおぞましい話があるか。だが俺にはもう、それを悔やめるだけの心すらない……」
はあ、はあ、と息を荒げ、がたがたと腕を震わせながら、和尚は鉈を振り上げた。
もう、誰も止めてはくれない。
「許せ。許してくれ……!」
和尚の悲痛な声と共に、巨大な刃が俺に、振り下ろされようとした。
俺が思わず目をつぶった、そのとき。
ワオオオオオ――――――ン、と、闇をつんざくような遠吠えがした。
そして、寺院のほうから激しい爆発音。
「っっ!?」
寺の方から遅れて地響きが伝わってきて、砂煙があがっている。
その衝撃によって、和尚の動きが一瞬だけ止まった。
寛和がはっとして顔をあげる。
「何だよ、一体……って……!?」
再び和尚に指図しようとしたのもつかの間、俺たちのもとに別の人影が跳び入ってきた。
どこからともなく突然現れたその人物は、俊敏な動作で着地しこちらに駆け寄ってくる。
彼はいきなり俺と和尚の間に割って入り、俺の身体の縄を瞬時に解いた。
「え……っ」
誰も止められないほどの素早さと手際の良さ。
顔をあげれば、それは見知らぬお面をつけた着物姿の男性だった。
息を着く間もないうちに、俺は半ば担がれるようにして手を取られた。
「こっちだ」
その静かな声に、現実に引き戻されたようにして俺は立ち上がる。
そのまま駆け出して、あっという間に寺院から抜け出た。
遠吠え、爆発、粉塵、乱入。
突如として起きたハプニングに場を乱されて、寛和はそのとき俺たちを取り逃がした。
俺は脱出した。突然現れたその人に、導かれるようにして。
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