第一章 偽りの三人組

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 さて、そういうわけで俺は無事に木挽町に帰ることができた。  もう夜も遅い。  町の民家の、術式のかけられた扉を伝って、来た時と同じように令和座に戻る。  そして広間に足を踏み入れると、そこには意外な光景が広がっていた。  目に入ったのは、仰天した顔の菊之助、親方、力丸さん、利平さん、十三郎、そして藤子さんだった。  令和座の役者のみんなが、全員広間にいたのだ。 「おっ…………、お前なあ!」  第一声は菊之助からだった。 「どこ行ってたんだよ!!」  それに答える前に、俺の身体は急に温もりに包まされた。  え、と思ったが、それは藤子さんの両腕だった。  彼女に、抱きしめられていたのだ。 「………………」  藤子さんは喋ることができないから、何も言わない。  ただ、その着物からふわりと落ち着く香りがした。彼女の表情は見えなかった。 「藤子がなあ、マジで心配してたんだぞ。五郎が行ったっきり、いつまで経っても帰ってこないって」  眉を寄せる菊之助に、今度は親方が続けた。 「夜が明けきる前に、君を探しに行こうと思ったんだ。消息もわからないし、どう考えてもおかしかったからね。皆で令和座を出る準備をたった今、ここでしていたところだったんだよ」  俺はあたりを見回した。  誰もが固い表情でこちらを見ている。 (……そうか。だからここに皆いたんだ……)  顔をあげて、俺は口を開いた。 「心配かけて、本当にごめんなさい……。買い出しの途中で、ちょっと、事件に巻き込まれちゃって……」  菊之助がぞんざいに言った。 「で? 何があったんだよ」  催促されて、俺はことを最初から話し始めた。 ***   「はあ~~~~~?『三人吉三』だあ?」  俺の話を聞いた菊之助が声を荒げる。 「あいつら何やってんだよ! 馬鹿じゃねえの、役者が鬼の側につくとか……ほんとありえねー」  イラついた様子の菊之助に、親方が言った。 「三人吉三の彼らとは、ここしばらくは顔を合わせていなかったが、まさかそんなことになっていたとはね……」  他の皆もめいめい驚いたり、深刻そうな顔をしている。 「あの……『三人吉三』って、その、どういう人たちなんですか?」  寛和のところで会った『お嬢』と『お坊』から少しは聞いていたけど、まだその全貌が掴めない。 「簡単な話ですよ。彼らは各々が『吉三』という同じ名前を持った、『三人の』、『盗賊』です」  そう答えてくれたのは、利平さんだった。 「対して私たちは『白波五人男』。なので『五人の』『盗賊』……いえ、義賊ですね。ゆえに彼らとは、少々近しい存在でもあるのです」  利平さんの言葉に、横にいた力丸さんも頷いた。 「以前は彼らと共に、協力して仕事をしたこともあったな」 「そうでしたね。ただ、彼らは基本の型が『三人』であるはずなのに、今は『お嬢吉三』と『和尚吉三』の二名しかおりませんでしたが……」  それを聞いた親方が言う。 「もう一人が揃っていない、誰かが『選ばれておらず』、欠けている……というのは、役者の世界ではときどきあることだからね」  親方は腕組みして続ける。 「しかし、寛和くんがあそこを根城にして、しかもお嬢と和尚を従えているとなると……困るな。もともとあのお寺はね、役者『和尚吉三』の出自となった地であり、それを穢すのもよくないことなんだよ」  俺は尋ねた。 「やっぱり……戦うしかないんですね」 「ああ。しかし、今度の敵は『ただの鬼』ではない。俺たちが戦うのはお嬢や和尚という『役者』だ。五郎くんが前に遭ったことのある、普通の鬼や、『役者の札を使って錬成された鬼』とはタイプが違う」  考え込む親方に、菊之助が告げた。 「鬼の種類が何だろうがいーんすよ、むしろ『元役者』相手のほうが俺たちぁやりやすいかもしれねえ。俺もあの面子とは顔合わせたこともあるし」 「菊之助は、お嬢吉三のこといっつも気にしてるもんねえ?」  るんるん、と言った口調でいきなり割り込んできたのは、横にいた十三郎だ。 「お嬢吉三のこと意識しすぎてて、役者としてどっちが上かって張り合おうとしちゃってさ~」 「うるせえな! あんな奴どうでもいいんだよ。余計なこと言うな」  あ、そうだったんだ。そういえば、確かにどっちも『女装の青年』系だもんな……。 「とにかく! 奴らをさっさとぶっ潰しにいくって話だろ」  菊之助の一言に、皆頷く。 「そうだね。放っておいても何にもならない、なるべく穏便に、手早く済ませるしかないね。できればこの機会に寛和くん本体にまでたどり着いて、この戦いをやめてもらうしかない」  すると、ふいに藤子さんが立ち上がって、慌てた様子で半紙に文字を書いた。 『私は、ここに残っても良いでしょうか。万が一のときのために、誰か一人はこの令和座を守ったほうがいいと思います』  二枚目を捲ると、そこにも文字が。 『ここに女は私一人だけですし、お嬢吉三さんや和尚吉三さんの前で、私だけ足手まといになっても困りますから』  それを見た菊之助が言った。 「藤子を足手まといだと思ったことは一度もねえけど、それもありだな。全員で行っちまってここが留守になるのも良くないかもしれねー」  その言葉に藤子さんは微笑んだ。 『ありがとうございます。もし私が令和座で困ったことがあれば、黒子たちを呼びますから、大丈夫ですよ』  その落ち着いた様子に、俺も安心した。  ……ただ、一つだけ気がかりなことがある。  寺から俺を救い出してくれた、『あの人』のことだ。  実は、皆に話をしたときに、あのお面の男性のことだけは打ち明けずにいた。  彼も隠密行動をしていたみたいだし、令和座には入る気がないと言っていた。だから、俺も話さない方がいいのかと思って。 (でも、あの人のことも、わからないことだらけなんだよね……)  そのとき俺の頭に、ある人の顔が浮かんだ。
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