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さて、そういうわけで俺は無事に木挽町に帰ることができた。
もう夜も遅い。
町の民家の、術式のかけられた扉を伝って、来た時と同じように令和座に戻る。
そして広間に足を踏み入れると、そこには意外な光景が広がっていた。
目に入ったのは、仰天した顔の菊之助、親方、力丸さん、利平さん、十三郎、そして藤子さんだった。
令和座の役者のみんなが、全員広間にいたのだ。
「おっ…………、お前なあ!」
第一声は菊之助からだった。
「どこ行ってたんだよ!!」
それに答える前に、俺の身体は急に温もりに包まされた。
え、と思ったが、それは藤子さんの両腕だった。
彼女に、抱きしめられていたのだ。
「………………」
藤子さんは喋ることができないから、何も言わない。
ただ、その着物からふわりと落ち着く香りがした。彼女の表情は見えなかった。
「藤子がなあ、マジで心配してたんだぞ。五郎が行ったっきり、いつまで経っても帰ってこないって」
眉を寄せる菊之助に、今度は親方が続けた。
「夜が明けきる前に、君を探しに行こうと思ったんだ。消息もわからないし、どう考えてもおかしかったからね。皆で令和座を出る準備をたった今、ここでしていたところだったんだよ」
俺はあたりを見回した。
誰もが固い表情でこちらを見ている。
(……そうか。だからここに皆いたんだ……)
顔をあげて、俺は口を開いた。
「心配かけて、本当にごめんなさい……。買い出しの途中で、ちょっと、事件に巻き込まれちゃって……」
菊之助がぞんざいに言った。
「で? 何があったんだよ」
催促されて、俺はことを最初から話し始めた。
***
「はあ~~~~~?『三人吉三』だあ?」
俺の話を聞いた菊之助が声を荒げる。
「あいつら何やってんだよ! 馬鹿じゃねえの、役者が鬼の側につくとか……ほんとありえねー」
イラついた様子の菊之助に、親方が言った。
「三人吉三の彼らとは、ここしばらくは顔を合わせていなかったが、まさかそんなことになっていたとはね……」
他の皆もめいめい驚いたり、深刻そうな顔をしている。
「あの……『三人吉三』って、その、どういう人たちなんですか?」
寛和のところで会った『お嬢』と『お坊』から少しは聞いていたけど、まだその全貌が掴めない。
「簡単な話ですよ。彼らは各々が『吉三』という同じ名前を持った、『三人の』、『盗賊』です」
そう答えてくれたのは、利平さんだった。
「対して私たちは『白波五人男』。なので『五人の』『盗賊』……いえ、義賊ですね。ゆえに彼らとは、少々近しい存在でもあるのです」
利平さんの言葉に、横にいた力丸さんも頷いた。
「以前は彼らと共に、協力して仕事をしたこともあったな」
「そうでしたね。ただ、彼らは基本の型が『三人』であるはずなのに、今は『お嬢吉三』と『和尚吉三』の二名しかおりませんでしたが……」
それを聞いた親方が言う。
「もう一人が揃っていない、誰かが『選ばれておらず』、欠けている……というのは、役者の世界ではときどきあることだからね」
親方は腕組みして続ける。
「しかし、寛和くんがあそこを根城にして、しかもお嬢と和尚を従えているとなると……困るな。もともとあのお寺はね、役者『和尚吉三』の出自となった地であり、それを穢すのもよくないことなんだよ」
俺は尋ねた。
「やっぱり……戦うしかないんですね」
「ああ。しかし、今度の敵は『ただの鬼』ではない。俺たちが戦うのはお嬢や和尚という『役者』だ。五郎くんが前に遭ったことのある、普通の鬼や、『役者の札を使って錬成された鬼』とはタイプが違う」
考え込む親方に、菊之助が告げた。
「鬼の種類が何だろうがいーんすよ、むしろ『元役者』相手のほうが俺たちぁやりやすいかもしれねえ。俺もあの面子とは顔合わせたこともあるし」
「菊之助は、お嬢吉三のこといっつも気にしてるもんねえ?」
るんるん、と言った口調でいきなり割り込んできたのは、横にいた十三郎だ。
「お嬢吉三のこと意識しすぎてて、役者としてどっちが上かって張り合おうとしちゃってさ~」
「うるせえな! あんな奴どうでもいいんだよ。余計なこと言うな」
あ、そうだったんだ。そういえば、確かにどっちも『女装の青年』系だもんな……。
「とにかく! 奴らをさっさとぶっ潰しにいくって話だろ」
菊之助の一言に、皆頷く。
「そうだね。放っておいても何にもならない、なるべく穏便に、手早く済ませるしかないね。できればこの機会に寛和くん本体にまでたどり着いて、この戦いをやめてもらうしかない」
すると、ふいに藤子さんが立ち上がって、慌てた様子で半紙に文字を書いた。
『私は、ここに残っても良いでしょうか。万が一のときのために、誰か一人はこの令和座を守ったほうがいいと思います』
二枚目を捲ると、そこにも文字が。
『ここに女は私一人だけですし、お嬢吉三さんや和尚吉三さんの前で、私だけ足手まといになっても困りますから』
それを見た菊之助が言った。
「藤子を足手まといだと思ったことは一度もねえけど、それもありだな。全員で行っちまってここが留守になるのも良くないかもしれねー」
その言葉に藤子さんは微笑んだ。
『ありがとうございます。もし私が令和座で困ったことがあれば、黒子たちを呼びますから、大丈夫ですよ』
その落ち着いた様子に、俺も安心した。
……ただ、一つだけ気がかりなことがある。
寺から俺を救い出してくれた、『あの人』のことだ。
実は、皆に話をしたときに、あのお面の男性のことだけは打ち明けずにいた。
彼も隠密行動をしていたみたいだし、令和座には入る気がないと言っていた。だから、俺も話さない方がいいのかと思って。
(でも、あの人のことも、わからないことだらけなんだよね……)
そのとき俺の頭に、ある人の顔が浮かんだ。
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