第二章 『盗賊』対『盗賊』

3/10
前へ
/53ページ
次へ
 お嬢吉三は菊之助の宣戦布告を聞いて、最初こそ驚いていたものの、次第にニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。 「お前と、おれが、『似ている』……だって?」  おかしくて仕方がない、と言った様子で、くすくすとお嬢は笑う。 「おれはそうは思わないねえ」 「ああ!? なんでだよ!」  声を荒げた菊之助に、お嬢は笑みを深めた。 「弁天小僧菊之助。おれァいつだったか、お前の女装姿を目にしたことがあるよ。木挽町か、そこいらでね」 「……!」  見られていたのか、と驚きの表情を浮かべる菊之助。  しかし、お嬢はその長い袖で口元を覆った。 「でも、あれは正直『ない』ね」 「は?」 「全然ってことサ。お前はただ女の服着物を着て、『女の真似事』をしてるだけだって、おれは一目で気づいたよ」 「んだと……!?」  菊之助がピキリと固まり、刀の柄を握りしめる。  お嬢はさらに続けた。 「お前は女のことなんか、ほんとはなんもわかっちゃあいない。わかろうとすらしていない。ただ女に化けたようなフリをして、上辺だけ着飾って、綺麗だ綺麗だってちやほやされるだけ」  そのあまりの言われように、ついに菊之助がキレた。 「てめえ……好き放題いいやがって! だいたい、俺のやることが『女の真似事』って、あたりめーだろ!! 役者の仕事で女装してんだから、真似事になるに決まってんだろうが!!」 「そこだよ。わかってないなア」    お嬢は銃を下ろすと、しゃなり、しゃなりと、屋根づたいにこちらに向かって距離を詰めてきた。  その雰囲気に気おされかけて、俺も菊之助も一歩後ずさる。  お嬢は菊之助の目の前に立つと、腰を折ってかがみ、諭すように言った。 「真似事じゃなくて、おれたちは女になるんだよ。女体の作り、声の出し方、所作、その心……全てを学び、写し取り、やがて自分が『女そのもの』になる」  お嬢の白い手が、菊之助の太腿に触れ、そっと撫で上げる。 「それこそが『女になる』ってことだろ。なあ?」  その視線が、立ち居振る舞いが、あまりに女のようだったので、俺はそのときお嬢が男なのを忘れてしまい、何もされてないのに思わずぞくりとした。    彼はまた、菊之助に問いかける。 「お前は、役者になって何年になるんだい」 「……10年だ」  するとお嬢はそれを鼻で笑った。 「はは、なあんだ。てんで小童じゃないか。ま、今のは役者を300年やってるおれからの、ありがたい助言だと思って受け取っときなア」  あ、なんかもうやばそうだな、と思った頃には、菊之助はわなわなと拳を震わせていた。 「……確かに、てめえの言うこともわかるぜ。半分くらいはな。俺にはまだ、足りねー部分があるのかもしれねえ、だけどよお」  菊之助はガッと刀を構え直した。 「クソッ、先輩面して気分良くなりやがって……!! 死ぬほどイラつくんだよ!!」 (いや、菊之助もさっき俺に先輩面したよね!)  俺の心のツッコミをよそに、菊之助がぎゃんぎゃん吠えまくる。 「役者何年やってるかなんて関係ねえ。刀合わせて、勝った奴のほうが強いんだよ。だから今、ここでお前をぶっ倒す……!!」 「へえ、おれに勝つ気があるんだね。そいつは楽しみになってきた」  殺気十分の菊之助。そこにお嬢が銃を構えたと思ったら、耳が裂けんばかりの凄まじい銃声が突然轟いた。  早すぎて身体が反応しない。  俺たちの顔面のすぐ横を、銃弾が通り過ぎて行ったのだ。  お嬢の目が、ぎらりと闇に光る。 「おれたちぁどうせ、すぐ死ぬ身体じゃないんだよ。くたばるまで、だらだら殺りあおうや」
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加