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お嬢吉三は菊之助の宣戦布告を聞いて、最初こそ驚いていたものの、次第にニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。
「お前と、おれが、『似ている』……だって?」
おかしくて仕方がない、と言った様子で、くすくすとお嬢は笑う。
「おれはそうは思わないねえ」
「ああ!? なんでだよ!」
声を荒げた菊之助に、お嬢は笑みを深めた。
「弁天小僧菊之助。おれァいつだったか、お前の女装姿を目にしたことがあるよ。木挽町か、そこいらでね」
「……!」
見られていたのか、と驚きの表情を浮かべる菊之助。
しかし、お嬢はその長い袖で口元を覆った。
「でも、あれは正直『ない』ね」
「は?」
「全然なってないってことサ。お前はただ女の服着物を着て、『女の真似事』をしてるだけだって、おれは一目で気づいたよ」
「んだと……!?」
菊之助がピキリと固まり、刀の柄を握りしめる。
お嬢はさらに続けた。
「お前は女のことなんか、ほんとはなんもわかっちゃあいない。わかろうとすらしていない。ただ女に化けたようなフリをして、上辺だけ着飾って、綺麗だ綺麗だってちやほやされるだけ」
そのあまりの言われように、ついに菊之助がキレた。
「てめえ……好き放題いいやがって! だいたい、俺のやることが『女の真似事』って、あたりめーだろ!! 役者の仕事で女装してんだから、真似事になるに決まってんだろうが!!」
「そこだよ。わかってないなア」
お嬢は銃を下ろすと、しゃなり、しゃなりと、屋根づたいにこちらに向かって距離を詰めてきた。
その雰囲気に気おされかけて、俺も菊之助も一歩後ずさる。
お嬢は菊之助の目の前に立つと、腰を折ってかがみ、諭すように言った。
「真似事じゃなくて、おれたちは女になるんだよ。女体の作り、声の出し方、所作、その心……全てを学び、写し取り、やがて自分が『女そのもの』になる」
お嬢の白い手が、菊之助の太腿に触れ、そっと撫で上げる。
「それこそが『女になる』ってことだろ。なあ?」
その視線が、立ち居振る舞いが、あまりに女のようだったので、俺はそのときお嬢が男なのを忘れてしまい、何もされてないのに思わずぞくりとした。
彼はまた、菊之助に問いかける。
「お前は、役者になって何年になるんだい」
「……10年だ」
するとお嬢はそれを鼻で笑った。
「はは、なあんだ。てんで小童じゃないか。ま、今のは役者を300年やってるおれからの、ありがたい助言だと思って受け取っときなア」
あ、なんかもうやばそうだな、と思った頃には、菊之助はわなわなと拳を震わせていた。
「……確かに、てめえの言うこともわかるぜ。半分くらいはな。俺にはまだ、足りねー部分があるのかもしれねえ、だけどよお」
菊之助はガッと刀を構え直した。
「クソッ、先輩面して気分良くなりやがって……!! 死ぬほどイラつくんだよ!!」
(いや、菊之助もさっき俺に先輩面したよね!)
俺の心のツッコミをよそに、菊之助がぎゃんぎゃん吠えまくる。
「役者何年やってるかなんて関係ねえ。刀合わせて、勝った奴のほうが強いんだよ。だから今、ここでお前をぶっ倒す……!!」
「へえ、おれに勝つ気があるんだね。そいつは楽しみになってきた」
殺気十分の菊之助。そこにお嬢が銃を構えたと思ったら、耳が裂けんばかりの凄まじい銃声が突然轟いた。
早すぎて身体が反応しない。
俺たちの顔面のすぐ横を、銃弾が通り過ぎて行ったのだ。
お嬢の目が、ぎらりと闇に光る。
「おれたちぁどうせ、すぐ死ぬ身体じゃないんだよ。くたばるまで、だらだら殺りあおうや」
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