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意識と無意識の間を行ったり来たりするうちに、彩子の夢は時間を超えて、あの日に戻っていた。 「こんなオシャレなところに二人で来るの、初めてだね。」 「そうだね、こんな良いところ招待してくれてありがとう。翔太。」 いつの間に知識を得たのか、ワインは翔太が選んだもので、学生のころには来るなんて夢にも思わなかったような、港付近のタワー最上階のレストランだった。 「当然だよ。社会人になって、初めての彩の誕生日だしね。やっと色々できることが増えていくね。」 「うん、仕事はどう?翔太。」 「今のとこ、順調。小学1年生って可愛いけど、体力も有り余ってるし、何言ってるかわかんないし宇宙人みたいだね。」 冗談を言ってニコニコとあどけなく笑っている笑顔も全く変わっていない。彩子は安心した。これからもずっと、この笑顔を見て過ごしていきたい。この人のために料理も洗濯も掃除もして、一緒に年をとっていきたいわ。 「彩、話があるんだ。」 ニコやかだった表情から一転、真剣な面持ちになった。普段目にすることの無い翔太の表情に彩子は胸をときめかせてしまった。 「実はね。」 翔太は入り口付近に微動だにせず立っていたウエイターに右手を上げ、合図をした。 ウエイターは厨房に下がった。 「何なの?」 「まあまあ、楽しみにしてて。」 彩子は全面ガラス張りの店内からオーシャンビューに一瞥し、翔太の視線から目をそらしていた。 「お待たせいたしました。」 ウエイターは厨房から出てくると、銀のワゴンにバラの花束と3段重ねのショートケーキを乗せて彩子と翔太のテーブルまで運んできた。 翔太はワゴンから黒の小箱のようなものを取り出すと、彩子の前で開けた。箱には銀色に光る小さな指輪がシャンデリアの光を反射していた。 「結婚してくれ、彩子。」 両手で大事そうに箱を持ち、彩子に差し出す真剣なまなざしは映画スター顔負けだった。 彩子は目を閉じた。喜びと愛が血管を駆け巡り、全身で堪能していた。出会ってから今までのことを一つ一つ思い出していた。一緒に行った場所、一緒に作ったもの、一緒に見た風景、その時にかけてくれた言葉、彩子に向けてくれた笑顔。 彩子は目を開けると結論を出した。 「ごめんなさい。」 「え?」 「私、翔太と結婚はできない。」 「え、え??何、言ってるの。」 「結婚はできないって言ってるの。」 翔太は必死で笑顔を取り繕うとしている。以前はあれほど魅力的だった笑顔。今の彩子には薄っぺらで軽薄で低俗な仮面にしか見えなかった。彩子の全身から何かがするするとすり抜けていく気がした。 「どういうことだよ?俺たちこんなに長く付き合ってきて、そういう話もしてきたじゃん。説明してくれよ。」 「説明はできない。」 「はあ?」 「私、翔太がどういう男の人か分かってるつもりよ。だから説明はできない。説明しても通じる人じゃないって知ってるから。」 「な、なにを。」 辛いなあ、大好きだった笑顔がみるみる青ざめていくのを見るのは。魔法が解けていくこの瞬間は。 「あなたにはこれで十分。」 彩子は右手にグラスを持って立ち上がり、翔太の頭から赤ワインをかけた。
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