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彩子は一つだけ、後悔していることがあった。翔太からもらったものに対して最後にまがりなりにも感謝を示せば良かったと。少々、フェアじゃなかったのではないかと後悔していた。翔太といて、幸せもあった。愛も知った。相手のために尽くすことで得られる幸せを理解した。決して、悪いことばかりではなかった。  (でもね翔太、私は数が足りないゴムの箱に気づいたとき、すごく悔しかったわ。) 睡眠と覚醒の間で、彩子は苦しんでいた。 (サークルの中で皆に噂された時だって、翔太が想像もできないほど苦しかった。女として、あれ以上の屈辱はきっとないわ。)  翔太と別れることを決心するのと同時に、彩子は自分だけの生活を取り戻し始めた。彩子は自分だけの幸せのために料理をし、自分の空間と清潔のために掃除をした。ベッドを整えた。太陽の光で洗濯物を干し、切ったレモンで台所を磨き上げた。  一方で、翔太と食べたものを作って捨ててしまう日も何度もあった。家中の食器を全て叩き壊したくなる衝動にかられたこともあった。シーツをくしゃくしゃにして、切り裂いて火をつけようかとも思った。 しばらくは、寄せては返す波のように翔太の存在が近くなる瞬間もあるかもしれない。稲光のように脳裏によみがえってくるかもしれない。それでもそのうち、だんだんそんな瞬間も遠ざかり、翔太は彩子の人生の舞台からゆるりゆるりと退場していくことだろう。 港の夜景の見える最上階のレストランで翔太を捨てた日から彩子は決めていた。次は、土曜日の夜にレモンクリームパスタを一緒に食べるような、笑顔がそれほど魅力的でない恋人を見つけようと。 終わり
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