魔術師殺し

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 苛立ち紛れに指先を振る。くるくると小さく振ると、ぽっと炎が空中に生まれ、そしてすぐに霧散する。  オルグリオの魔術師としての才能はそれだけだったが、それでも彼はれっきとした魔術師だった。  魔術師が行うすべては奇蹟だ。あの偉大なる父にさえ、そして数多い兄弟たちの誰一人、できないのだ。  そう、オルグリオは、この国では神にも匹敵する魔術師なのだ――。  それをたしかめても苛立ちが消えない。オルグリオはたくさんの燭台で明るくされた自室をしきりに歩き回った。窓外は闇に包まれていて何も見えない。木々さえも。そもそも風景など彼には存在の意味がないから、窓の外などたしかめない――。 「わー。本当に外出してないや」  ふとどこからか声がして、オルグリオは飛び上がるほど驚いた。  気付けば窓がひとつ開いて、カーテンをひらひらさせている。そこからひょいと顔を出したのは―― 「フ、“フラウム”! 貴様、いったい何をしにきた!」 「うん。何だと思う?」  へらっと笑うその顔。まだ幼ささえ残る少年。  なのに、見るたびどんどん大人びていく。  オルグリオはそれが気に入らなかった。餓鬼(ガキ)は餓鬼のままでいいというのに。  慌てて壁にかけている武器コレクションのひとつを手に取る。そしてそのサーベルの切っ先を少年に向けた。  それでも少年は、にこにこと笑みを絶やさなかった。 「面白い。まさか初仕事があんたとはね。これも運命かなあ」 「初仕事だと? いったい何の」 「あんた、一応魔術師だもんねえ。基準には外れないわけだ」  うんうんと勝手にうなずきながら、少年はのんびりと近づいてくる。サーベルの存在などまるで気にせずに。 「でもさ。俺はその基準いずれちょっと破っちゃおうかなとも思うんだよね。師匠には悪いけど、必要があれば俺はそうするな」  そしてある距離まで来て、少年は止まった。何かを考えるように、首をかしげて。 「そもそも、なんで魔術師限定なんだろうね? 俺、それをまだ教わってないんだ」 「魔術師、限定――」  オルグリオの顔色が悪くなっていく。嫌な予感がしていた。彼とて、王都で有名な噂くらい知っているのだ。  ――この王都には、()()()()()()()()()()()()、と。  少年は――フラウムは、再びへらっと笑った。 「あんた、かわいそうだね。実の親に、殺しを依頼されちゃうなんてさ」 「なんだと……?」 「あんまりかわいそうだからそれだけ教えておくよ。しっかしあんた、よっぽどお荷物だったんだろうねえ。息子が九男も十男もいたら、そうなるかあ。ん? 十二男だっけ?」 「何を、何を言っている!?」  理解できない。理解できない。――理解できない!  サーベルを振り回した。しかし届かない。黄色い目をした子どもは何も怯えることなく、暴れるオルグリオを見ている。  初めて扱うサーベルは重かった。オルグリオの右腕はすぐに悲鳴を上げた。振り回すことができなくなり、ぜいぜいと荒い息を吐きながら、オルグリオは動きを止めた。  まるでその瞬間を狙っていたかのように――  目の前に、少年が、いた。黄色い目を冷たく輝かせて。  その手元が一瞬輝いた。静かに揺らめく銀光。 「さようなら。俺、あんたのこと別に嫌いじゃなかったよ」  オルグリオは輝く黄色の瞳に(ほのお)を見た。  それは、見た者を焼き尽くす焔に違いなかった。  部屋の片隅で、燭台の火がふっと消えた。 *  クルスエスタ・ハーヴェント。今では彼こそが“魔術師殺し”の本家だと思い込んでいる者もいる。  だが、それは事実ではなかった。魔術師殺しは二人いた――そして片方はもう片方に、この仕事をやめてほしいと切に願っていた。お互いに、ずっとずっと願っていたのだ。  ――片方の身に死が訪れる、その最期の瞬間まで。 (第一部/完)
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