求め続けたもの

3/3
前へ
/41ページ
次へ
 エスタはぼんやりと呟いた。手についた血。服についた返り血。濃厚な、鉄の臭い。 「……下手くそな殺し方だった、な……」  やがて彼はぽつりとそう呟き、それきり(くら)き闇に沈んだ。 *  服を着替え、エスタはようやくあの倉庫のような場所から出してもらえた。  今は深夜。聞けば兄弟たちはエスタのための『誕生日らしきものパーティ』の最中にエスタの姿がないことに気づき、必死で探し回ってくれたらしい。  そして師匠が「私に心当たりがあるから、お前たちは先に寝ていろ」と言った鶴の一声で、少しは安心したのか、今は疲労に包まれてひとり残らず眠り込んでいるという。 「師匠は、どうして分かったの」  師匠ロザリアの部屋に呼ばれたエスタは、まずそれを切り出した。  ロザリアは貰い物の書斎机の端に腰を乗せ、一本ワインの口を開けてラッパ飲みし始めた。 「お前があの家に行く可能性を知ってる人間なんざ、限られているだろうが」  飲む合間にそんなことを言う。エスタは顔をしかめた。エドワード・マックスのことを知っているのは、ラデュラン子爵と…… 「またリリンか」 「そんな言い方はよせ。今回てめえは、そのおかげで助かったようなもんだ。魔術具の火はとっくに消えて家人が怪しみ始めていたから、あのままじゃあの屋敷から逃げるなんて不可能だったろうよ」 「……」 「捕まっても良かった、ってな顔だな」 「……デイヴィル人研究の権威なら、俺の出自のヒントも持ってるかもしれないと思ったから」  正直に話す。これはリリンにも言わなかったことだ。  それを聞いた師匠は、苦い顔をした。ワインをもうひと飲みすると、 「母親探しはやめろ。見つかったところでろくなことは起きん」  エスタは師匠を見つめた。 「うん、やめる」 「……妙に素直だな」 「だってさ」  ()()()()()()()()()――。 「……っ」  時間が止まったかのように、師匠が硬直した。  目を見開いて“息子”を凝視する。その唇は、何かを言おうと何度も開きかける。  やがて――ようやく彼女に掘り起こされた言葉は、 「あほらしい。証拠なんかないだろうが」  エスタは淡く微笑んだ。 「証拠は顔だよ。あの人は、俺と同じ顔の誰か他の男を、ひどく憎んでいたし――」  憎む対象としては、エドワード・マックスである可能性もあるかと思って、師匠が気絶させたマックスの顔を見てみたりした。  だがマックスとエスタはどこも似ていない。マックスの“笑い顔”とやらを見たらまた違うのかもしれないが、そうではないとエスタはすでに確信してしまっている。  だから、ロザリアに言った。自分でも不思議なほど、穏やかな気持ちで。 「ねえ師匠」 「……」 「血の繋がった親子ってすごいかも。あの人は俺のことを分かっていたし、俺も分かったよ」 「エスタ」 「……本当に、分かったんだ」  ぽつりと零れる声はあまりにも空虚で。  念願を果たした先にあったものは、霞のようにはかなくて、エスタに新しい世界を何ももたらしてくれない。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

85人が本棚に入れています
本棚に追加