少年エスタ

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 エスタ――本名は一応クルスエスタになるのだが、誰ひとりとして彼をクルスと呼ばない――は物心ついたころから、ここ王都五番街の運搬屋をしていた。  それは師匠が戸籍を作ってくれる前から行っていたことで、出自不明の孤児であっても比較的ありつきやすい仕事だとされている。ただし盗みを行う悪ガキも多い五番街では、悪さを行えばそれが何歳の仕業であろうと地区全体でその人物をこらしめるという風習があり、恐れられている職種でもある。  そのため、戸籍を作ったエスタの兄弟たちは早々にもっと過ごしやすい仕事に就くのだが――  なぜかエスタだけは、戸籍を作ったあともそうした裏方の仕事にいそしんでいた。  彼がまっとうな仕事に就こうとしないさまを、師匠は渋い顔で見ているのだが、今のところ何も言われていない。  ――おそらく、エスタが裏方にしか就こうとしない理由を察しているからなのだろうと彼は思う。 「あら、エスタ。いらっしゃい」  ラザと雑談しながら、何気なく厨房の仕事を手伝っていると、女将のアミリーが厨房に顔を出した。にっこりと飴細工の微笑を浮かべて、 「お腹はすいていない? ラザ、何か作ってあげたらどうかしら」 「うん? もう昼時は過ぎたが――エスタ、お前昼は食べたのか?」 「んー」  エスタは曖昧にうなる。ラザが呆れたように「なぜもっと早く言わないんだ」と眉を吊り上げる。 「まったく。今簡単に作ってやる。食堂で待っていなさい」 「はーい」  エスタはぴょこんと頭を下げ、厨房から出て行く。  廊下を歩こうとしたとき、背後から夫妻の会話が聞こえてきた。 「――あの子は自分の稼ぎを全部家に入れちゃう子なのよ。ロザリアそっくり。だから、気をつけてあげて――」 「――そうか。だから妙に多い金額をロザリアに渡せるわけか。うかつだったな――」 (そういうわけでもないけどね)  心の中でそうつぶやきながら、エスタは食堂へと向かう。  いつの日からか抱いている心のもやもやを、彼は誰にも話していなかった。  エスタは兄弟たちを、ロザリア・ハーヴェントが養う血の繋がらない兄弟たちを、心底好いていた。  だから変な話をして心配させたくもない。彼が悩んでいるなんて聞けば、兄弟たちは真剣に一緒に考えてくれるだろうから。 (どうせ解決しない悩みなら、誰にも話さない方がいい)  昼時を過ぎた食堂に人気はない。  四人がけのテーブルが五つあるだけの、簡素な食堂。お世辞にも綺麗とは言えない内装。女将のアミリーが毎日磨いているのに、どうしても薄汚れているテーブルや椅子。  けれどその拭いきれない汚れが五番街の台所らしくて心地いい。たぶんこの店に来る常連は皆そうなのだろう。  端のテーブルに腰を落ち着けて、エスタは椅子を傾がせながら天井を仰いだ。  ――ご飯を食べ終わったら、このあとは表通りで靴磨きでもするしかないか。  急な食事に対応できる程度に時間があった。つまり彼は今日、このあとの仕事を埋めることができていなかった。  眉間にしわを寄せる。ほんの一ヶ月前まで、休む間もなく仕事を入れていた。しかし最近は依頼が激減している。このままでは稼ぎが足りない。  その原因を、彼は分かっていた。しかし少年自身の力ではどうしようもなかったのだ。 (俺を表通りに出させたいんだろうな。そのほうが()()()から)
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