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しばらく歩くと泣いている子供が道端でしゃがみ込んでいた。人通りが少ない道とはいえ、たまに馬車だって通るであろう道だ。カノコも危ないと感じたのか、持っていたダスティピンク色のトランクケースを置いて一目散に駆け寄って行った。
「どうしたの?」
カノコはしゃがんで優しく声をかける。
突然、声をかけられて驚いたのか、子供は顔を上げた。どうやら少女のようだ。
私はワゴンを道の脇に止め、カノコのトランクケースを持って近寄った。
「ありがとう、アルヴァン」
カノコは私の方を見上げながら言った。
トランクケースを受け取ると、急に道端で広げ始めた。
「危ないですよ、姫さん」
「大丈夫。人が来たら事情を説明するわ。アルヴァン、見張っておいて」
「わかりました」
先の方まで見える道なので、確かに私が見張ってさえいれば事故は起きないだろう。にしても先がこれほどまで見えるとは、ずいぶんと地方までやってきてしまったものだ。先の方には大きな風車と花畑らしきものが見える程度で、あとは何もない草原だ。野犬が吠える声がどこからか聞こえてくる。
「あなたは何色が好き?」
「えっ?」
「ブルー? ピンク? それとも、イエローかしら?」
いきなり突拍子もないことを言い出すカノコに、泣いていた少女は戸惑いの色を見せていた。戸惑うのも無理はない。カノコの見た目はどこかの美しい令嬢のようだ。少女の服装からするに、こんなに綺麗なワンピースを着ている人なんてあまり見る機会はない身分だろうから、警戒心をあらわにするのは当然のことだろう。
「私はね、お花売りをしているの。世界中にお花を届けるのよ。あなたにも、私はお花を届けに来たの」
そう言うカノコのことを少女は真剣なまなざしで見つめていた。カノコの瞳は薄いグレーで、なんだか見られていると不思議な気持ちになる。
「……ブルーが好き」
「ブルーね。ちょっと待ってて」
カノコはトランクケースからブルーのリボンを取り出すと、立ち上がってワゴンのもとへ駆け寄る。少し迷う仕草を見せつつも、淡いブルーのデルフェニウムといくつかホワイトの花を引き抜いた。それらを束ねてブルーのリボンで結ぶと、カノコは少女のもとへ戻ってきた。
「これはあなたの」
カノコは少女に花束を差し出した。
「私、お金なんてない……」
「お花売りはお花を売るのではなく、幸せを配るためにやっているの。いいから受け取って。」
「でも」
「ではお姉さんと約束して。悲しいことがあってもお花と大切な人にはやさしくすること」
「やさしく?」
「あなたはやさしい心を持っている。大丈夫よ。お姉さんはわかるの。お花が教えてくれるから」
少女は少し不思議そうにしながらも納得したのか、カノコから花束を受け取った。カノコは満足そうにうなずく。
「さあ、ここは危ないからそろそろ立ちましょうか」
カノコはスカートの裾をはたきながら立ち上がると、少女に手を差し出した。少女は左手で花束を大事そうに抱えると、右手でカノコの手を握りしめて立った。
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