エピローグ

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エピローグ

 毎日歩いた道。  一ノ瀬亘でもある、藤堂恭介の演奏を聴くために通った砂利道を理香子は走った。  そして、雑木林を抜けいつもの白樺林を越えた所を右に曲がったところで愕然とする。  キラキラと水面が輝く湖の向かい側にある、亘が演奏していたレストランエルマイオンは、完全な廃墟だった。  ――そうだった。  理香子が子供の頃ここの湖で遊んでいると、両親に 「あそこの建物は今はもう誰もいなくて危ないから、近づかないように」  と言われていたことを思い出した。  座り込みそうになる自分を奮い立たせ、理香子はレストランエルマイオンの入り口へと向かった。  理香子は目を見張った。  もう何十年も手入れがされていないはずの庭には、真夏には開花しないと言われるローズマリーの花が美しく咲き乱れていた。 「トスカナブルー・ローズマリー……」  理香子が呟いたその時、穏やかな風が吹いた。  ローズマリーの爽やかな香りが、理香子に語りかけてくる。  一ノ瀬亘でもある藤堂恭介との一つ一つの記憶が色鮮やかに蘇ってきた。  理香子は嗚咽した。  よろよろと建物に近づくと、今にも朽ち果てそうなテラスの階段を上がり、理香子は扉を開けた。 「チリン」とドアベルが乾いた音を立てた。店の中はどこも埃だらけでここ何年も人が入った形跡すらない。  古びたテーブルと、白いピアノが置いてあり、店内奥には大谷石で囲まれた暖炉が佇んでいた。  ピアノの横に視線を移すと、椅子の上にバイオリンが置いてあった。  理香子はゆっくりとバイオリンに近づいた。  床が軋んで音を立てた。  何故かバイオリンだけは埃を被っておらず、つい先日まで誰かが使っていたように艷やかだった。  とめどなく溢れ出てくる涙が、理香子の頬を濡らした。  理香子がケースを開け、中からバイオリンを取り出す。  そして、顎と肩の間にそっと挟むと、理香子は目を閉じ弓を引いた。  懐かしい音色が、理香子を優しく包み込んだ。
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