第二章

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第二章

 校庭では、アブラゼミがしきりに鳴いている。  担任が夏休みの注意事項を読み上げている中、理香子は、教室の窓から誰もいない校庭の上に広がる入道雲をぼんやりと眺めていた。  窓から入る日差しがジリジリと理香子の肌を焼いた。  このまま水蒸気みたいに蒸発しても面白いかもしれない。  そんなことを理香子は考えていた。  今日で1学期も終わる。クラスメートは夏休みを目前に、誰もが浮かれていた。  今年の夏休みは、理香子は軽井沢の別荘で家族と過ごすことになっていた。    理香子たちの別荘は、北軽井沢の駅から車で20分ほど走ったところにある。  カラマツの生い茂る山道から狭い砂利道に入り、暫く車で走ると、途中に昔よく遊んだ湖が見えた。  水面が宝石のように輝いていて、理香子には眩しかった。  湖畔には「Elmayon」と書かれた見慣れないレストランが建っていた。 今日は定休日なのか、人の姿は見られない。  最近新しく建ったのだろうか。  理香子はスマートフォンででHermaïonの意味を調べてみると 「エルマイオン 道しるべの意」と書いてあった。  翌朝、朝食を食べた後理香子は別荘の周りを散策した。  シジュウカラがしきりと鳴いている。  久しぶりの軽井沢の空気は美味しかった。  木漏れ日を浴びながら、車で通った道を歩いていると、ふと昨日見かけたレストランを思い出した。  今日はやっているだろうかと思い、湖へと向かった。  10分ほど砂利道を歩いて白樺林を右に曲がると、急に視界が広がり湖が姿を表した。  昨日と同じ様に水面はキラキラと輝いていた。  陽の光を一気に浴びた理香子は、額に手をかざした。  ストローハットを部屋に忘れたことを少し後悔した。  湖畔のレストランエルマイヨンは、瀟洒な洋館だった。  建物の入り口手前に生えているミズナラの幹を、リスが駆け上っていく。  料理に使うのだろうか。庭には、様々な種類のハーブが植えられていた。  今日は店は営業しているらしく、オープンテラスには1組の夫婦らしき男女が湖を眺めながら珈琲を飲んでいた。  理香子はテラスの階段を上がり、ゆっくりと店の扉を開けた。「チリン」とドアベルが透き通った鈴の音を奏でた。  白を基調とした店内には、白いピアノが置いてあり、冬には暖炉がたかれるのだろうか、店内奥には大谷石で囲まれた暖炉が今は内装を際立たせるオブジェとして悠然と佇んでいた。  まだ10時を少し回ったところだが、店内は既に3分の2の席が埋まり、賑わっていた。  理香子は窓際にある2人用のテーブルに座ると、レモンケーキとイングリッシュブレックファーストを注文した。  こんなに早い時間から来ている人たちは、やはりこの近所に別荘を持つお得意様たちだろうか。  人気店ならばケーキも美味しいに違いない。そう思っていると突然、拍手が湧いた。  驚いていると、奥からバイオリンを持ちタキシードを着た男性が出てきて、一人ピアノの横に立った。  理香子は息を呑んだ。  彼は、先日亡くなったはずの藤堂恭介にそっくりだった。
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