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プロローグ
馴染みのある香りが、石畳を歩く長谷川理香子の鼻を掠めた。霧雨の中、ローズマリーが僅かに淡い青色の花を咲かせている。
「トスカナブルー・ローズマリー」
理香子は呟いた。
理香子は、ローズマリーの中でもこの種類が好きだった。
真っ直ぐに天を仰ぐような凛としたその姿に、思わず理香子が目を奪われ歩を緩めた時、大人たちの言葉が耳をよぎった。
「まだ高校3年生でしょう?5年前までフランスに住んでいて、英語もフランス語も堪能だったらしいわよ」
「4歳からバイオリンを習ってらしたみたいで、全日本ジュニアクラシック音楽コンクールでも帰国後間もなく優勝されたとか」
「将来有望だったのにね。突然死だったらしいわよ。朝起きて朝食後失神して、病院に搬送されてそれきりですって。親御さんも急なことで心の整理もできないわよね。本当にお可哀そうに」
理香子は全身を黒で固めた大人たちの言葉を右の耳から左の耳へと聞き流す。
お焼香をあげるために理香子は傘を閉じ、建物の中に入った。
俯いて座る人々の奥に飾られている何百本という白い供花は、理香子にとって受け入れ難いものだった。
前の人に習ってお焼香をあげ顔を上げると、藤堂恭介の写真が目の前でにっこりと微笑んでいた。
その笑顔は、つい一月前スペシャルチョコレートパフェを食べながら見せた藤堂先輩の笑顔と何も変わらなかった。
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