真昼の星空

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真昼の星空

 陰日向に花落つる。木陰に落ちた小さな花弁は、さながら昼間に溜まった夜空だろうか。  夏が近い。雨が降る度に空気は湿り気を孕み、鈍く暖かな風になる。夏草の青臭い香りは日に日に濃くなり、日向と日陰の白と黒の境界もぱきりと割れている。  遠くの方で気の急いた蝉が鳴く。首筋に汗が滲み、背筋に流れる。こっそり跨った2人乗りの自転車は、人通りのない路地裏だけの秘密の時間。  大きな背中に手を回して、早いとは言えない風を受ける。必死に自転車を漕ぐ彼は、荒い息を漏らし、私は後ろで「がんばれ」と伝える。返事の代わりに自転車がぐんと、大きく進む。誰もいない道の中、小手毬の星空だけが行く末を見守る。 「次のコンビニで、アイスでも買う?」  僅かに刈り上げた首筋に、汗が一筋。ペダルを踏みしめ、重量オーバーの軋みを産みながら、僅かに前へ、前へ。 「……お前の奢りだからな」  絞り出した声は風に乗って耳朶を打つ。「うん」と彼の汗ばんだ背中に頬を寄せれば、ぐんとまた、自転車は大きく前進する。
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